疑惑
〈村西さんside〉
…メイの家を出て真っ直ぐ、FBI本部に向かった。
「…翔平。遅かったな。
…おかげで、昨日はまだまだ見習いのオレがカウンターに立ったんだぞ?」
「ごめん。
…今日はちゃんと立つよ。」
オレも、さっきこうして話しかけてきた同僚、
遠藤 周作
は、昼間はFBI本部で働いているけど、夜は、この本部のフードコートの隣にあるBar『MoonLovers』のバーテンダーなんだ。
…悪かったよ、仕事放り出して。
ちょっと、レンがいない間、メイが心配でね。
直前まで会議が入ってしまってもいいように、今のうちから準備を始める。
その最中、遠藤からこんな話を聞いた。
去年の10月の下旬、空港と自分の家を2回行き来するメイを見たらしいが、1回目は生脚で、2回目は脚にキズというか、かなりのアザがあったらしい。
さらに、その3日後も空港でメイを目撃して、脚にはタイツを履いていたし、3日前にはあった左手小指のピンキーリングらしきものがなくなっていたという。
…なるほど、人の手元に目がいくのはバーテンダーの職業病みたいなものだもんな。
気になったのが、後で問い詰めたら、自分にだけは全てを話してくれたという。
オレにも話せって言っても、自分で本人から聞けの一点張り。
メイについての報告会議を終えて家に戻ると、何やらレンの声が。
「そうやって黙って…オレのこと、そんなに信用してないのかよ?」
「ホントだよ。
…遠藤には、全てを話したくせにな。」
〈レンside〉
…村西さんが本部に戻った後、毎年夏に行われる花火大会のときに着ていく浴衣をネットショッピングで選んでいた。
オレは、シンプルな紺色の浴衣。
メイは、白地に水色の花があしらわれた浴衣をセレクト。
…メイらしいな。
そのときに、メイの右手中指にはめてある指輪に気付く。
オレは、指輪で思い出したことがあった。
あの日…去年の10月、インキャンの後空港に行ってメイに会ったとき、荷物の傍らにピンキーリングみたいなのが落ちてて、バレないように拾ってはおいたけど、渡すタイミングを逃して結局、ずっとオレが持ってたんだよね。
そのリングを、メイに渡した。
「メイ…ごめんな…渡しそびれてて…」
メイはオレの手からリングをむしりとるように奪うと、言った。
「蓮太郎が持ってくれてたのね。
…普段ならお礼をいうところだけど…今回はこれをなくしたおかげで、大変な目に遭ったのよ。」
脚のアザを見ながら言うメイに、オレは何かを勘づいた。
…リングの内側に書いてあった"M・A"という文字。
…メイの彼氏か?
ソイツが、メイを今回、こんな目に遭わせた疑いも…十分にある。
メイは、心から付き合うことを望んだワケではないことは明らかだが。
「……メイ。
その脚のアザ、去年もあったよな?
そのとき…何があった?」
「関係ないわよっ!
あなたには…」
…オレにはわかる。
メイは、何かを隠してる。
去年の空港でのときと同じだ。
声が震えている。
更に、オレがリングを返した後に態度が一変したのだから、少なくともアザの原因には、何か関係があるはずなんだ。
「今回の事件とも…何か関係があるかもしれないだろう?」
そう言っても、頑なに口を閉ざすメイ。
オレはメイを信用して、何でも話していたのに、メイはオレを信用してないっていうことかよ。
「そうやって都合が悪いと黙って…
オレのこと、そんなに信用してないのかよ?」
「ホントだよ。
…遠藤には全てを話したくせにな。」
その声の主は、いつの間にか帰って来ていたらしい村西さんだった。
もう、会議終わったのか?…1時間ほどしか経っていないはずだが…
「メイ。
話してくれないか?
…遠藤に話したこと全て。 …そのアザ…彼氏に暴行されたときに出来たんだろ?」
……!!!
…オレにとっても、かなりショックな事実だった。
心から付き合うことを望んでいない彼氏に暴行されていた?
そんなことオレ…全然知らなかったんだけど…。
メイのアザを見たときから疑惑を持ってはいたけど…さ。
そして指輪もピンキーリングも、その彼氏からのプレゼントらしい。
…村西さんも遠藤さんも、指輪で気付いたみたいな言い方だけど、なぜなんだろう?
気づかなかったオレが鈍いだけってこと?
「遠藤もメイの様子がおかしいと思ったのは、指輪の有無に気付いたときからだそうだ。
…手元に目がいくのは、バーテンダーの職業病みたいなものだからな。」
え!?
バ、バーテンダー!?
「知らなかったの?
…オレも遠藤も、深夜になると本部の地下フードコート横の空間にある店、Bar『MoonLovers』のバーテンダーになるの。
…要するに、副業だな。」
し…知らなかったんですけどっ!!
そんなバーテンダーさんにノンアルコールカクテルを出してもらって、大分落ち着いたのか、メイはゆっくりと話し始めた。
最後は、大粒の涙を流しながらオレへの謝罪をしていた。
「蓮太郎っ…れっ…ごめんねっ…ごめんっ…こんなこと…言わなくっ…ふぇっ…」
言い終わる前に声を上げて泣き出したメイ。
そんな彼女がかなり愛おしく思えて、わりと無意識のうちに、きつく抱きしめていた。
多分、メイなりの気遣いだったんだよな。
…言わないでいること。
オレに心配させまいとして…
「だから朝、言っただろ? 結局のところ、メイが一番信頼しているのはオレでも遠藤でもなく、レン、お前なんだよ。」
…ホントだよな。
信用してないとか言ったオレがバカだったよ。
メイ…ごめんな?
しばらくして泣き止んだメイは、オレの腕から離れた。
「なんか…もう12時なのね。
そろそろお昼の時間だし、泣いたせいかお腹が空いてきたわ。」
メイはそう言うと、台所に立って昼食の食材を探し始めた。
〈メイside〉
蓮太郎が持っていたのね、このピンキーリング。
これをなくしたおかげで、嫌々付き合った男に軟禁状態にされて、しばらく法廷に立てなかったんだからねっ…!
そのこと…蓮太郎の前では意地でも話さないつもりでいたんだけど、副業がバーテンダーだって今初めて聞いた村西さんのノンアルコールカクテル飲んだら溜まってること全てを話したくなって…
あの、去年のことを話した。
─去年の10月。
彼氏とデートする約束があったので、仕方なく準備をしていると、私の携帯が鳴った。
…アイツからかな?
って思ってたけど…
日本の検事局長からで、担当検事が急に法廷に来られなくなったから、至急代理で来てほしいとのこと。
アイツとデートするよりはマシだと思って承諾すると、調書がFAXで送られてきた。
…飛行機に乗っている間に読んでいなさいってことかしらね。
いつもの法廷に立つときに着るワンピースで来てアイツにバレないように空港に向かった。
…はずなのに。
「おい!俺との約束はどうしたんだよ!ドタキャンとか舐めたマネしたらどういう目に遭うかわかってるよな?」
…浅川 将輝。
サイテーな男よ。ホントに。
「急きょ、法廷に立たなきゃいけなくなったの。
…日本の検事局長からの依頼でね。
だからちょっと…日本に行ってくるわ。」
そぉ言って足早に通り過ぎようとしたんだけど…
強い力で腕を掴まれてムチさえも奪われた上に、空港近くのホテルに連れ込まれて脚を殴られたり蹴られたりしたわ。
オレと仕事のどっちが大事なんだよって…キレて出ていったけどね。
…さすがにアザを作ったまま法廷に立つわけにはいかなかったから、一度家に戻って、タイツを履いてから日本行きの飛行機に乗ったの。
裁判には勝ったけど…自分に不利な証言はさせない戦法で勝ったから…何か後味悪くて…
「パパならほめてくれただろうけど…普通の人にはいい顔されない勝ち方よね…これ…
私最近…パパの言っていた"カンペキな勝利"に必ずしも意味があるのかなって思って…
私っ…よく分かんなくなっちゃってっ…」
話している途中、あの空港のときなんかより涙が出てきて…何を言っているのか、自分でもよくわからなかった。
「"カンペキな勝利"なんかに意味はないのよ…
そんな勝ち方したって全然嬉しくないっ…
私っ…パパみたいにはならなっ…
検事って…何?
正義って…何なのぉっ…
私っ…分かんなっ…
蓮太郎っ…れっ…ごめんねっ…ごめんっ…
こんなこと…言わなくっ…ふぇっ…」
『蓮太郎っ…蓮太郎…ごめんね…ごめんねっ?
こんな…こんな大事なこと…悩んでたことなんて…空港で会ったとき…言わなくてごめんね…?』
って言おうとしたのに、涙で声が詰まって上手く言えなかった。
ぎゅぅっ…
昨日の夜にも負けないくらい大泣きしている私を、蓮太郎が…強く抱きしめてくれた。
"よく言ってくれたな"
とでも言うかのように。
やっぱり、蓮太郎の腕の中は心地いい。
…優しさが溢れ出ているわよね。
アイツとは180度違うわ。
まぁ、私はアイツの腕の中で泣くなんて一生しないて思うけど。
腕の中でこうして泣いたりできるの…蓮太郎くらいだと思う。
なんか…安心するのよね。
「あら?
もう…12時なのね。
お昼の時間だし、泣いたせいかお腹が空いてきたわ。」
多分皆、お腹空いてるはず…
村西さんとか…会議だけじゃなくて私なんかのためにカクテルまで作ってくれたしね。
そのお礼…ってワケじゃないけど、今回は私が作ろうかしら。
冷蔵庫の中を覗いて、使えそうな食材を探した。




