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RULKA~リテイク・シンドローム 白紙の手帳と第二の密室~  作者: 光闇居士-Twilight Master


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第7章:残像のデジャヴ、あるいはエラー吐く白鳥

『17:50』


 時計の赤いLEDが、無機質に瞬いている。

 創真は乱暴に手帳を閉じると、パイプ椅子で肩を震わせる琉佳へとゆっくり歩み寄った。

 つい数分前まで、彼女は弓道場で氷室という「光」に縋り、創真の泥まみれの手を弾き飛ばした。だが、ループによって時間が巻き戻った今、彼女は再びこの薄暗い防音室で、創真という「暗闇」と二人きりになっている。


「……琉佳」


 創真は、彼女の目の前に跪き、怯えるその白い手を両手で包み込んだ。


「大丈夫だ。俺が、ずっとそばにいるから。もう外の世界になんて怯えなくていい。俺が全部、お前を守ってやる」


 それは、文字通りの『独占宣言』だった。

 氷室という現実を突きつけられ、自身の無力さを思い知らされたはずなのに、創真の瞳に宿る熱は冷めるどころか、どす黒く煮詰まっていた。


(そうだ。氷室がいようが関係ない。この『密室』の中では、俺だけがこいつの全てなんだ)


 外の世界では守れないのなら、この世界(部屋)に一生閉じ込めてしまえばいい。システムが何度リセットをかけようと、その度に俺がこいつを「救う」という既成事実を上書きしてやる。

 創真の歪んだヒロイズムは、完全なパラノイア(偏執症)へと変質し始めていた。

 一方、創真に手を握られている琉佳の内心は、未曾有の混乱の渦中にあった。


(……どうして、私……)


 時間が巻き戻っている以上、彼女の脳内に「弓道場での記憶」は存在しないはずだった。今の彼女は、後夜祭の喧騒から逃れ、創真に放送室へ連れ込まれた直後の状態である。

 だが、奇妙だった。

 創真に手を握られた瞬間、彼女の右手に『誰かの頬を力一杯叩いた』ような、微かな痺れ(ファントムペイン)が走ったのだ。


 それだけではない。

 埃っぽいカーペットの匂いが充満するこの部屋で、なぜか凛とした「冷たい空気」と「弓の弦が弾ける音」の残響が、耳の奥にこびりついて離れない。


(気持ち悪い……。何これ。私、この人に何かひどい事をして……そして、見捨てられたような……?)


 理屈では説明できない。だが、魂のひだに刻まれた『氷室に縋り、システムに崩壊させられた絶望』と、『創真を拒絶した罪悪感』の感覚だけが、エラーを起こしたキャッシュデータのように彼女の感情をぐちゃぐちゃに掻き乱していた。

 目の前で熱に浮かされたように「守る」と繰り返す創真の顔が、ひどく歪んで見える。

 助けてほしい。でも、この人に依存したら、私は本当に『戻れなくなる』のではないか――?

 琉佳の完璧な防衛本能が、警鐘を鳴らしていた。


『17:51』


 沈黙の居心地の悪さを嘲笑うように、ミキサー卓の上に放り出された黒い手帳が、再びパラパラと独りでにページを捲った。


>>

 【タイムループ対処手引き(改訂版):第7条】


 キャッシュの残留と、白鳥の直感について。

 おや、様子がおかしいね、後輩くん。彼女の顔を見てごらんよ。君という「ヒーロー」に縋りつくどころか、得体の知れない汚物を見るような、ひどく怯えた目をしているじゃないか。

 気づいていないのかい? システムによる記憶のフォーマットは完璧じゃない。極限のストレス下で行われた「君への拒絶」と「世界の崩壊」の感覚が、彼女の魂にバグ(残像)として微かにこびりついているんだよ。

 つまりだ。今の彼女は理由も分からず『君と一緒にいると致命的なことになる』という、野生の勘みたいなものを感じ取っている。

 滑稽だねえ。君は「俺だけが守れる」とイキっているけれど、彼女の無意識はすでに君を「救世主」ではなく「監禁犯ストーカー」として認識し始めているんだ。

さあ、どうする? 記憶を消されてなお、本能レベルで君を拒絶し始めているお姫様を、どうやって君の泥沼に引きずり込むつもりだい?

>>


「……ッ!!」


 手引書の悪意に満ちた文字列を盗み見た創真は、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。

 図星だった。

 確かに、目の前の琉佳は、先ほどのループの時よりも明らかに自分に対して「壁」を作っている。握った手は氷のように冷たく、その瞳の奥には、創真に対する明確な『恐怖』と『猜疑心』が混ざり合っていた。


「琉佳……俺を、信じられないのか?」


 創真の声が、一段低く、ねっとりとしたものに変わる。


「放して……」


 琉佳は、無意識に創真の手を振り払おうとした。

 だが、創真はその手をさらに強く、骨が軋むほどの力で握りしめた。


「痛っ……! 創真、くん……?」


「いいか、よく聞け。お前がどんなに嫌がっても、俺はお前を放さない。外に出れば、お前はまたあのハイエナどもに食い物にされるんだぞ。お前を守れるのは、俺だけなんだ!!」


 それは説得ではなく、脅迫だった。

 琉佳は息を呑み、パイプ椅子の背もたれに体を縮こまらせた。

 逃げたい。この息の詰まる密室から、この不気味な熱を持った男から、逃げ出したい。だが、頭の中で微かにフラッシュバックする「ポリゴンとなって崩壊していく光の世界」の残像が、彼女の足をすくませる。


(外は、もっと怖い……。でも、ここも……)


 生徒会長としての完璧な精神の均衡バランスが、メシミシと音を立てて崩れていく。

 その時だった。


『17:52』


 ――ガチャンッ。

 無作法な音を立てて、放送室の鍵が外側から開けられた。

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