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RULKA~リテイク・シンドローム 白紙の手帳と第二の密室~  作者: 光闇居士-Twilight Master


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第4章:後夜祭の火刑柱、あるいは共依存という名のフォークダンス

『18:05』


 分厚い防音扉を押し開けた瞬間、生温かい夜風が二人の頬を撫でた。

 外の世界は、時間が進んでいた。

 夕焼けはとうに終わりを告げ、校舎は深い夜の底に沈んでいる。遠くグラウンドの方から、パチパチと爆ぜる乾いた音と、オレンジ色の巨大な光源が揺らめいているのが見えた。


「……後夜祭の、キャンプファイヤー……」


 創真そうまのシャツの袖をきつく握りしめたまま、星野琉佳るかが呆然と呟いた。

 そうだ。彼女は本来、あの中央の壇上に立ち、生徒会長として後夜祭の点火式を行うはずだった。

 しかし、彼女は今、薄暗い旧校舎の渡り廊下で、息を潜めて創真の背中に隠れている。髪は乱れ、制服のブラウスには先ほどの密室での行為を物語るような皺が刻まれていた。

 もはや彼女の瞳に、全校生徒を導く「完璧な偶像」の光はない。ただ一人の少年にすがりつき、見捨てられることを恐れる、痛々しいほど無防備な少女の熱だけが灯っていた。


「行こう、琉佳」


 創真は、かつてなら口にすることすら許されなかったその下の名前を、まるで自分の所有物であるかのように甘く呼んだ。

 彼女の冷たい手を握り、グラウンドへと向かう。

 グラウンドの中央では、三メートルを超える巨大なキャンプファイヤーが赤々と燃え盛っていた。

 校内放送のスピーカーからは、定番のフォークダンスの曲である『マイム・マイム』が、ひどく間の抜けた電子音で流れている。

 炎を囲み、何百人という生徒たちが手を繋ぎ、一つの巨大な輪となって回っていた。


「……なんだ、これ」


 創真は思わず足を止めた。

 生徒たちは皆、笑っていた。しかし、その笑顔は不自然に引き攣り、瞳孔は大きく開き、燃え盛る炎だけを凝視している。誰一人として言葉を発さず、ただ靴音だけを揃えて、機械仕掛けの人形のように踊り狂っていた。


『戻ッテキテ』


『完璧ナ会長』


『私タチノ生贄』


 音楽のノイズに混じって、地鳴りのような同調圧力がグラウンドを這い回る。

 狂っている。システムは、琉佳を自殺させるというプロトコルに失敗したため、今度は「学校という共同体カースト」そのものを狂信的なカルト集団へと書き換え、彼女を炎の輪へと引きずり込もうとしているのだ。


「創真くん……怖いっ……!」


 琉佳が悲鳴を上げ、創真の胸に顔を埋めた。

 その瞬間、輪の中で踊っていた親友の由衣ゆいが、ぐりんっ、と首を真後ろに向け、こちらを睨みつけた。彼女の瞳には、嫉妬と憎悪の炎が燃え移っていた。


「渡さない」


 創真は琉佳の腰を強く抱き寄せ、炎に照らされた同級生たちに向かって牙を剥いた。


「こいつはもう、俺のなんだよッ!!」


 創真は琉佳の手を引き、燃え盛るグラウンドに背を向けて、校舎の裏手に広がる深い鎮守の森へと走り出した。

 背後から、フォークダンスの輪が崩れ、無数の足音が津波のように追いかけてくる。

 暗い森の中を、木の枝に肌を裂かれながら走る。息が上がり、心臓が破裂しそうになる。それでも、繋いだ手だけは決して離さなかった。

 琉佳の荒い呼吸が耳元で聞こえる。汗ばんだ肌の匂い。暗闇の中、自分という存在だけを頼りに走る彼女の姿が、創真の脳髄に麻薬のような全能感をもたらしていた。


「ここなら……見つからない」


 森の奥深く。廃屋となった旧体育倉庫の裏手で、創真は琉佳を抱きしめたまま倒れ込んだ。

 グラウンドの炎の明かりは届かない。圧倒的な暗闇と、静寂。

 追っ手の足音は、いつの間にか消え去っていた。


「……創真くん……創真くんっ……!」


 琉佳は泣きじゃくりながら、創真の唇を塞ぐようにキスをしてきた。

 それは、死の恐怖と、社会からの断絶がもたらした、狂信的な愛情の表現だった。互いの唾液が混ざり合い、真っ暗な森の中で、二人は獣のように互いの体温を貪り合った。


「もう学校なんて戻らなくていい。あんな嘘くさい青春なんて、俺たちには必要ない」


 創真は彼女のブラウスのボタンを引きちぎるように外し、その白い肌に自らの所有印キスマークを刻みつけながら囁いた。


「俺の世界には、お前だけでいい。お前の世界には、俺だけでいいんだ」


 この絶対的な暗闇こそが、二人の完成された「新しい箱庭」だった。

 ポケットの中で、黒い手帳が微かに振動したような気がしたが、創真はそれを無視して、彼女の奥深くへと沈んでいった。

   

>>

【タイムループ対処手引き(改訂版):第4条】


 よくやった。見事な逃避行だ。

 共同体スクールカーストの光から彼女を引き剥がし、君という暗闇の底へ閉じ込める。これで彼女は、物理的にも社会的にも、そして精神的にも「君なしでは呼吸すらできない存在」へと昇華された。

 美しい共依存だ。システムはもはや、彼女に干渉する手段を失った。

 君たちは見事、この呪われた青春を【クリア】したのだ。

>>


 手帳のページには、万年筆のインクでそう書かれていた。

 しかし、そのすぐ裏側のページ。

 システムのバグのように、真っ白な紙面に「タイプライター」で打ち込まれたような、無機質な文字がノイズと共に浮かび上がっていることを、創真はまだ知らない。


>>

【ドクターズ・ノート(非公開メモ):フラッシュバックの兆候】


 患者ソウマの脳内モニターに、深刻な現実の混濁が見られる。

 彼は「後夜祭のキャンプファイヤーから彼女を連れ出した」と供述し、その脳内ヴィジョンに酔いしれている。

 だが、彼の視神経が捉えているあの『巨大なオレンジ色の光源』と『サイレンのような不協和音』は、キャンプファイヤーでもフォークダンスでもない。

 ソウマ。君がその日、彼女の自宅の窓から投げ込んだ『ガソリンと発炎筒』が燃え盛る光だ。

 君は燃え落ちる彼女の家を、特等席(森の陰)から見ていた。パトカーと消防車の赤い回転灯を、青春の炎だと錯覚しながら。

 逃げ惑う彼女を、君は「救い出す」という名目で暗闇へ引きずり込んだのだ。


 ……さあ、治療リテイクを続けよう。君が彼女の首を絞めたその手は、まだ温かいはずだ。

>>

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