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宿りせし 花橘も

 

  宿やどりせし はなたちばなも かれなくに

  など時鳥ほととぎす こえたえむらん

 

 

 寝床にしていた、橘の木も枯れていないのに。なぜホトトギスの声は、聞こえなくなったのだろう。


 そんな疑問を、わざわざ詠う。


 怪しいですね。


 疑り深いでしょうか。それとも「ホトトギス」なんて出て来た日には、読者の皆さまが賢者タイムになりますか?


 何しろ、本作一話は『ホトトギス』。裏の意味は、ご理解頂いていると思います。


 突然のエンカウント。たまには趣向を変えてみました。


 この短歌は、寛平かんぴょうの御時おんとき后宮きさいのみや歌合うたあわせという、大きな行事で詠まれた一首です。


 歌合うたあわせとは、歌の優劣を争う遊びで、平安のエンターテインメントでもありました。


 遡ること、時は寛平五年(893年)。


 歌合の会は、上皇である光孝こうこう天皇の妻、班子はんしの主催だったと言われます。寛平のみかどは五十九代、宇多うだ天皇。后宮主催なので、時の上皇の妻と推測できるからです。


 以前も触れましたが、古今集の歌は計算の上に並ぶもの。


 別の年代や、別の場所。別の人が詠む短歌。それを、物語に近い形で掲載しているのです。今回の短歌は、その時詠まれた歌が六首並んで採用されています。


 並びは、古今集完成前にこの世を去った悲劇の男、紀友則が二首、学者先生の大江おおえの千里ちさと、友則の従兄弟にあたる紀貫之、下っ端役人の壬生忠岑(みぶのただみね)、貫之とは血縁不明の紀家の人、紀秋岑(あきみね)が大トリです。


 実際の歌合では、同じ人か連続する事はないでしょうから、これの並びは読み物としての脚色であり、話としての面白さを考えた編纂者の意図かもしれませんね。


 では、歌の流を追ってみます。



  さみだれに もの()をれば 時鳥(ほととぎす)

  深く鳴きて いづちゆくくら() 


 紀友則が『五月雨さみだれに物思いしていると、ホトトギスが夜更けに鳴いた。こんな時に、どこへ行くのだろう』と、意味深に詠い出します。因みに、この鳥の鳴き声は『カッコー』です。夜行性ではありません。



  くらき 道やまどへる 時鳥ほととぎす

  わが宿やどをしも 過ぎがてに鳴く



 そのホトトギスについて、また友則が詠うワケですね。『夜が暗いためか、道に迷ったのか。ホトトギスは我が家の庭を行き過ぎる事なく、ここで鳴いている』と。


 それに大江千里(ちさと)が『寝床にしていた、木も枯れていないのに、なぜホトトギスの声は、聞こえなくなったのだろう』と、意味深な一首を投げかけます。


 彼の知っている橘の木に居たホトトギスは、友則のところへ行ったようですね。そこに貫之。



  夏の夜の すかとすれば 時鳥ほととぎす

  鳴く一声に あくるしののめ



 夏の夜は短くて、もう寝ようと思った頃に、ホトトギスの声がする。それで、もう明け方なのか、と知るものだ。なんて言うのはフォローでしょうか?


 うるさくて寝られない、とでも言いたげです。



  るるかと 見れば明けぬる 夏の夜を

  あかずとや鳴く やま時鳥ほととぎす



 日暮れを見たと思ったのに、すぐに明けてしまう夏の短い夜ですよ。鳴き足りないと思って鳴くのです、山のホトトギスは、と壬生忠岑(みぶのただみね)が皮肉りました。


 都住まいの彼らですが、身分が低いほど中心地から山際になります。彼自身の身分の低さをもって皮肉に変える、賢い一首といえますね。



  夏山に 恋しき人や いりにけ()

  声ふりたてて なく時鳥ほととぎす



 そして最後に紀秋岑(あきみね)が『夏の山に涼を求めて、飼い主(恋しい人)が仏道修行に行ったのだろう。あれは、声をふりしぼって鳴くホトトギスだよ』と。かわいそうだから、そっとしておあげ的に締めくくりました。


 歌合という娯楽の場で、ホトトギスの行方を五人の男たちが詠います。


 今風に更に略すなら――――


 紀智則

「雨で出かけたくもない夜に、ホトトギスのヤツが鳴きまして。迷子じゃ可哀想ですし、と確認したら私の家に居るようです」


 大江千里

「橘の木を巣にしていた、あのホトトギスでしょう。声がしなくなったと思いましたら、巣に帰れなくなったんですね」


 紀貫之

「ホトトギスなんて、うるさいものです。寝ようとした明け方に鳴くのですから」


 壬生忠岑

「短い夏の夜を、惜しんで鳴くんだよ。つれなく言わないでおあげ。きっと山に帰るから」


 紀秋岑

「その山に、好きな人が籠もってしまったのだよ。可哀想に、必死に鳴くホトトギスの声が、智則の家にまで聞こえるらしいね」


 表の時点で、全員黒い。

 

 

 

―――――――――――――――深読み篇

 

 

 

 古今和歌集 巻第三 夏の歌

 寛平の御時、后の宮の歌合の歌


153 紀友則

  さみだれに もの()をれば 時鳥(ほととぎす)

  深く鳴きて いづちゆくくら() 


154 紀友則

  くらき 道やまどへる 時鳥ほととぎす

  わが宿やどをしも 過ぎがてに鳴く


155 大江おおえの千里ちさと

  宿やどりせし はなたちばなも かれなくに

  など時鳥ほととぎす これたえむらん

 

156 紀貫之

  夏の夜の すかとすれば 時鳥ほととぎす

  鳴く一声に あくるしののめ


157 壬生忠岑みぶのただみね

  るるかと 見れば明けぬる 夏の夜を

  あかずとや鳴く やま時鳥ほととぎす


158 紀秋岑きのあきみね

  夏山に 恋しき人や いりにけ()

  声ふりたてて なく時鳥ほととぎす



 歌合わせのお題が「ホトトギス」だったのでしょう。


 確か、日本書紀だったと思います。女の心情を鳥が言う、という一文があるのです。それ以来、鳥の声とは女の声になりました。


 つまりこれは、女の嬌声についてのお話だったという訳です。


 歌で出世した紀友則が、『自分は早く乱れる甲斐性のない男だと、落ち込んでいると、女の声がした。まだ深夜なのに喘いでイってしまうとは、流石に早過ぎると思う』なんて、赤裸々にやらかしたのが始まりです。


 しかもその女は『ウチに居るみたいで』というオマケの二首目。


 この「過ぎがてに鳴く」というのが、容赦ないですね。


 過ぎすぎて泣いている鳥、なんて、もうお相手は絶倫に違いない。ちなみに平安の夜のお作法は、明け方にヤマ場を終えて、朝日を迎える前に男が帰る、というのがベストだそうです。案外、長丁場でした…………


 ホトトギスの運命や如何に。


 大江千里(ちさと)は、身分も教養も高い学者先生です。他人事とばかりに『前の花橘の男だって、まだ枯れていないのに、何故、そっちに行ったのだろうね』と。橘の木は、雛祭りで桜と対に飾るあの木です。古代日本のモミの木的な存在で、松と並ぶ長寿と魔除けを兼ねる木でした。


 つまり、枯れる筈がない木、という事です。


 白い花の頃は五月なので、上手く季節を詠んだのか、橘に連想される特定の人物を指したのか、想像が広がりますね。


 これから更に裏を読むと『前の男も並外れて攻めのキツイ奴だった』という事。先生、そこは教えてくれなくても良いです。


 貫之は『夏の男女の仲は、男が先に疲れてしまって、女にせがまれる。そこで一声泣かせた頃に、空が明らむ、というのが風情だろうに』と、上手い事を言っています。「しののめ」は東雲と書いて、夜明けの薄明るいころの事。男が帰らねばならない時間です。


 壬生忠岑みぶのただみねは「暮るる」と「明けぬ」を並べ『終わっても飽き足らないのが、夏の男女の仲ですよ。まだ終わらないと泣く、ヤマ場の女も居るでしょう』なんて、友則へのフォローでしょうか。


 ラストは紀秋岑。


 夏山を「濃いヤマ場」としても、夏安居げあんごとして「僧が外出せずに引きこもり、修行する時期」とも出来ますね。


 つまり『濃いヤマ場を迎えていても』と『()()()は山に籠る時期だから』という二つの意味を込めて『どんなに喘ぎ声が聞こえても問題ない』としたのです。


 ではここで、更に略して纏めます。


 紀智則…48歳頃

「男として、自信を無くしそうになる絶倫のアイツの女が、実はウチにおりまして。(アイツが居ないのに)どうした事か声がしましてね」


 大江千里…友則より10歳は上

「おや、彼はまだまだ現役でしょう。なんとも、つれない女ですね」


 紀貫之…20歳代

「風情も分からぬ者なのですよ」


 壬生忠岑…33歳

「責め苦の夜が好きなのでしょう」


 紀秋岑…おそらく最年長

「どのみち彼には聞こえまい」


 平安のエンターテインメントは、赤裸々です。友則さんの大暴露により、ホトトギスの二股が確定するのですが…………相手の僧侶が僧正遍照しか思い浮かばない、という筆者も大概だなぁと、反省しています。

 

 

 

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