春過ぎて 夏来にけらし
春過ぎて 夏来にけらし 白妙の
衣乾すてふ 天の香具山
春が過ぎて夏になったみたいね、彼方に見えるのは真っ白な布を乾すという、あの天の香具山ですもの。このサッパリ感は、万葉集に収録されていたが故でしょう。
春過而 夏来良之 白妙能
衣乾有 天之香来山
こんな感じに。読み方も大体同じなのですが、新古今和歌に収録されるにあたり、一部を修正されました。
それは、衣を「乾している」から「乾していたという」なんて、微妙なところ。万葉の時代から約五百年が過ぎ、香具山に衣は乾さなくなったのでしょうか。
万葉集の歌訳は『春が過ぎて夏が来たらしい。白妙の衣が乾してあるわ、天の香具山に』と、やはりサッパリ。
この歌がどうして、桃色な古今和歌集ではなく、新古今和歌の再収録となったのか。
桃色と言えば桃色なのですが、詠み手は波乱万丈な人生を送った女性天皇。人の苦悩や生々しさが大好物な新古今和歌集さんが、見過ごす筈ありません。
彼女は十三歳で叔父に嫁ぎ、十八歳で第一子、翌年に二子を出産。二七の時、夫の隠居に連れ添い吉野まで行くものの、翌年、夫は戦を起こすのです。あの壬申の乱を。隠居はどうした!
それに勝利した夫は天皇に即位、彼女は皇后となりました。
しかし夫、息子の皇太子を病で亡くし、いよいよ隠居か、とはいきません。夫が彼女に、政務を任せると言い残したからです。天皇となれる男子はまだ幼く、こうして彼女は天皇に。もともと素質のあった人物のようで、身分は低くとも手堅く裏切らない大臣を選び、政治を行います。
五十三歳の時に、譲位。
上皇として、まだまだ政を行います。
その後、長年断っていてた夫との隠居地である吉野へ旅行。これは五十七歳の頃であり、翌年末に崩御。天皇を経た人物としては、初の火葬が行われました。
これだけ記録が揃っているので、歌の詠まれた年代もしっかり残っているのです。
元年が丁亥の、持統十一年の時。
これは譲位の年で、季節は夏。そうなると「春が過ぎて夏が来たらしい」という上の句は、譲位が迫った事を歌ったようにも思えます。
白妙とは、木から取った白い繊維の衣。そして衣にかかる枕詞です。
どれほど衣が白いのかを、わざわざ詠う訳ですね。
その衣は、空から降ってきたという伝説のある香具山に乾してある。どんな心境でしょうか。亡き夫にやり切ったと、清々しく言ったのかもしれません。
ところが、新古今に収録されるにあたり…………
現在進行形で乾してあった衣は、乾してあるらしい、と伝聞形式に改められます。
白い布は「乾されていると聞いた」と。その方が解釈がしやすいからです。
何がって、裏の意味がですよ。
―――――――――――――――深読み篇
新古今和歌集 巻第三 夏の歌
題しらず 持統天皇
春過ぎて 夏来にけらし 白妙の
衣乾すてふ 天の香具山
春が過ぎたら夏になるのは、当たり前。
どうしてそんな事を言うのでしょうか。それは、ミソが夏だから。
白妙は「白香つく」という枕詞と働きが似ていて、「木綿」の白さを示すもの。男を、しかも神聖な男性を意味するセットです。
だから万葉集の裏訳は『(天皇であった)夫の生きていた頃より、こんなに時間が経っていたのね。愛しい人よ、私の涙は乾きましたが、天から降って来たという香具山にまだ降りて(見守って)いて下さいますか』となり『退位しても政を続けます』という意思が込められているのです。
さて新古今。
そんな潔さは何処へやら「春の情は」と、ナイトな感じで裏訳を取ります。
続く、夏になったらしい、と歌い手は気付かされる訳ですね。これが歌の心です。つまり、春の情から続く意味合いは白妙であり「白く絶えた(男)」が掛かるのは衣。身体の先端の出番です。
乾すというのは乾くという意味ですが、主に水分が干上がる意味を持ちます。
例えば、雨、涙、男のアレ。
未亡人の天皇が何故、そんな意味深な…………
思いはしますが、続きは「天の香具山」です。短歌の名前は隠し文字。実際、香具山の漢字表記は様々あり、音で「かぐやま」としても意味では違うものを持たせたかった、という文化がよく表れています。
天はアマ。あま、とは「女」で香具山は「かぐ」ヤマ場。香久山という表記が最も近いとして考えると「香り久しきヤマ場」とか「かのような、高ぶる気持ち」という女性の心身的な表現部分になります。
つまるところ『男から搾り取っている女』となるのです。
万葉では「乾している」の進行形。
新古今では「乾しているらしい」と変化します。誰がって、この変化で問題の女は、詠み手では無くなりました。名誉棄損を恐れたのか…………という訳ではありません。そこで、残りの部分を見てみましょう。
夏になったらしい。
夏とはラブラブな春を過ぎて、ぐったりするほど暑い時期。
この歌は、天皇という高貴な身分にありながら、宮中女官のように耳ざとく、そして潰すと決めたら容赦しない激しさを窺わせる一首です。
譲位の夏に『毎晩搾り取られる高貴な貴方が、奥さんウザイって思ってる事、私は知っていてよ』って脅しか。『ぐったりしててね。奥さんの後ろ盾が欲しければ』うん、これも脅しだ。『奥さんに尻に敷かれてるのね』もはや中傷。
女って怖いわぁ。
これじゃあ、譲位されても実権握れませんわ。
ドンマイ。




