第117話 君は局所麻酔
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学校のお昼休み。
いつもはお弁当の前の席の友達だけど、今日は持って来ていないみたいでさっき購買から帰ってきた。
そして机に置かれた2つのパン。
ひとつは生クリームが包まれたデニッシュ。
甘党だもんね。
もうひとつは香ばしくあげられているカレーパン。
しょっぱいのもやっぱり食べたいもんね。
「なんでこんなの買ったの?」
「普通のやつの隣に置いてあって気が付かなかったのよ」
私は指先でカレーパンの袋をつつく。
見た目は前から学校で売られているカレーパンのパッケージ。
でも私の指が押す場所には”獄辛”の二文字。
もう少し見た目に差をつけたほうが良いのではないか。
「ピリカラでも激辛でもなく獄って」
「味を説明する際に使う漢字じゃないわ」
「食べるのは私じゃないし、まあ頑張って」
私は手を合わせて自分のお弁当箱を開けた。
「違うの、これはいつも優しくしてくれる貴方へのお礼なの」
感謝の言葉とは裏腹に、押し付けられてくる獄辛。
「もし本当に良かれと思ってやってるなら、あんたを少し嫌いになる」
一瞬止まる友達の手。
「それでも構わないわ」
再びぐいぐい押してきた。
そんなに嫌なのか。
「だって、ここを見て」
友達がパンを裏返して原材料を指先でなぞる。
「キャロライナリーパー?
なにそれ?」
「世界でトップクラスに辛い唐辛子よ」
「へー」
「果肉が肌につくと火傷を起こすから、素手での調理はできないわ」
「食べ物の話だよね?」
「日本語に訳すと”カロライナ州の死神”。
どういうセンスがあれば口に入れるものに、死神なんて名づけるのよ」
「食べ物の話だよね?」
捨てるわけにもいかない友達が、観念して袋を開けると中の空気を手で扇ぎながら嗅いでいた。
それって理科でアンモニア嗅ぐ時のやり方。
「香りは普通ね」
「学校の購買で売るくらいだし、大したことないんだよきっと」
「それもそうね、騒ぎすぎたわ」
それでもおっかなびっくりな友達が、小さく端を齧った。
「ど、どうかな?」
私は安全安心な美味しさのミートボールを箸でつまんだまま食い入るように見る。
味を確かめるように、いつもより多くの咀嚼をしてる。
でも、嚙めてるってことは平気なのかも。
「確かにピリリとはするけれど、いたって普通ね」
「よかった、パッケージが脅しすぎだったね」
胸をふたりして撫でおろし、私は卵焼きに箸を伸ばす。
「あ、違う、これ遅効性のやつだ」
2口目を食べようとした友達が急に机につっぷし悶え始めた。
片手にはまだ原型を留めているカレーパン。
私は箸を置くと、ちょっと面白いことになっている惨状の友達をのんびりと楽しむ。
「死神は遅れてやってくる、か」
飲んでいたミルクティーのペットボトルを差し出すと、無言で飲み始める。
今日は涼しくて気温は20度のはずなんだけど、汗をかいてどうした?
「と、とても美味しいわ。
貴方も食べてみないかしら」
「わかりやす過ぎる嘘はやめてくれる?
それにあんた、痛いとかも興奮するって好きだったじゃない」
口の中が麻痺しているのか、いつもより呂律が回っていない友達。
補うように身振り手振りが増えている。
「それは好きな人にしてもらうから嬉しいだけで、唐辛子にぶん殴られて感じるほど人間やめていないわ」
「そうか、人間ぽさはまだ捨ててないか」
でもその理論ならさ。
無言で友達からパンを取ると、どうしたものかと驚いていた。
「私が食べさせてあげる。
ほら、あーんだよ」
「でもそれは辛いというか痛いというか、むしろ熱いのよ」
辛さは味覚ではなく痛覚で感じてるっていうもんね。
「私が口を開けろって言ってるのよ?」
「いえ、でも」
「早くしてくれる?」
「あ、あーん」
私の冷たい言葉に友達が観念して小さく口を開けたので、できる限り押し込んで噛み切らせた。
「よくできました、えらいよ」
よしよししてあげた。
「……あれ?普通にいけるわね」
何事もないようにもぐもぐしている友達。
前言撤回。
人間ぽさ捨ててたか。
-次回予告-
ふたりだけの秋の海
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