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魔力を持ちすぎた化け物少女は、空っぽの無能公爵に嫁ぐ 〜触れても壊れないただ一人の旦那様に、なぜか底抜けに溺愛されています〜  作者: 白月つむぎ


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6 初めての夜

 王都の北部での騒動を終え、アリストン公爵家の本館へと帰還した二人はすぐさま本館の地下深くに広がる広大な空間――大樹のコアへと足を踏み入れていた。


 ひんやりとした地下の空気は、地上とは比べ物にならないほど濃密な魔力で満ちている。

 空間の中心には巨大な竜の胴体ほどもある大樹の太い根が、脈打つように淡い光を放ちながら鎮座していた。


 そこから発せられるのは、生き物の肌を直接粟立たせるような荒々しく暴力的な生の魔力だ。

 少し休んで顔色を取り戻したハーヴィは、静かにその大樹の根を見上げた。

 淡く青みがかった灰色の瞳に、知的な光が宿る。


(……歴代の当主たちは強大な魔力を持っていた。父上も、二人の兄上も)


 ハーヴィの明晰な頭脳は、先ほどの魔力供給塔での出来事と、この大樹が放つ暴虐なエネルギーの性質をひとつの線で結びつけようとしていた。


(彼らは皆、この荒れ狂う魔力を自らの力で無理やり変換し、自らの内に抑え込もうとした。だから、耐えきれずに命を削られたのではないか?)


 視線を自分の手のひらへと落とす。

 この身体には魔力を変換し、留めておく機能が完全に欠落している。

 だからこそ無能と呼ばれてきた。

 しかし、先ほどの塔の暴走ではメルナが抑え込んだ致死量の魔力を、ただひたすらに外へ流すことができたのだ。


(大樹に本来必要だったのは、溜め込むことではなく、循環させること……外へ逃がすことだとしたら。僕のこの空っぽの身体は、魔力を安全に排出するための特化した器なのではないか?)


 明確な確証があるわけではない。

 しかし、パズルのピースがカチリと噛み合うような、静かな直感が彼の中で働いていた。


「ハーヴィ様……? どうなさいましたか?」


 不安そうに首を傾げるメルナに、ハーヴィは我に返って優しく微笑んだ。


「いや、なんでもない。さあ、メルナ。僕たちは夫婦としての誓いを立て、結界は君を拒まない。一緒に、あの根に触れてくれるかい?」


「はい」


 メルナはこくりと頷き、恐る恐る大樹の太い根へと両手をかざした。

 途端に大樹から溢れ出ようとする凶暴な魔力と、メルナの内に眠る規格外の魔力が反発し合い、地下空間の空気がビリビリと軋みを上げる。

 すかさずハーヴィがメルナの背後に立ち、彼女の華奢な両肩を背後からそっと包み込んだ。


「大丈夫だ。君の魔力を、僕の方へ向けて」


「っ……はい!」


 メルナが力を解放した瞬間、先ほどの塔と同じように膨大な熱がハーヴィの身体を一気に駆け抜けた。

 ドクンと大樹の根が巨大な脈動を打つ。

 長く淀んでいた大樹の魔力はメルナという圧倒的な力に押し出され、ハーヴィという空っぽの通り道をすり抜け、無害な光の粒子となって地下空間の天井へと吸い込まれるように抜けていった。


 それは歴史上長らく失われていた正しい調律が、完全に成功した瞬間だった。


「……っ、すごいです、ハーヴィ様! 私、全然痛くありません! いつものように魔力が暴走して苦しくなることもなくて……っ」


 夕焼け空を思わせる鮮やかな朱色の瞳をきらきらと輝かせ、メルナは興奮気味に振り返った。

 自分の力が誰かを傷つけることなく、世界を救うために正しく使われたのだ。


「よかった……君が、無事で……」


 ハーヴィが安堵の笑みを浮かべる。

 しかし、その顔面はまるで雪のように真っ白だった。


 ――直後、彼の長身が糸の切れた操り人形のようにガクッと折れ曲がり、石の床へと崩れ落ちた。


「ひゃあああっ!? ハ、ハーヴィ様!? お顔が真っ青です!!」


 いくら排出に特化しているとはいえ、王都の塔の暴走に続き、大樹の調律まで連続で行ったのだ。

 急激な魔力の通過に身体が耐えきれず、ハーヴィはまたしても強烈すぎる魔力酔いを引き起こしてしまったのである。


「ど、どうしよう……っ、誰か、誰か来てくださいーっ!」


 メルナはパニックになりながら彼の上半身を必死に抱え込み、半泣きで本館に向かって助けを呼ぶ声を響かせた。


 ◇


 それから数時間後。


 アリストン公爵家の本館、当主の私室。

 ふかふかの巨大なベッドに運び込まれ、泥のように眠っていたハーヴィはゆっくりと目を開けた。


「……あれ」


 身体を起こしてみると、先ほどまでのひどい頭痛と吐き気が嘘のように消え去っている。

 どうやら彼の身体は魔力を大量に流した直後は猛烈に酔うものの、回復スピードも異常に早いらしい。


「ハーヴィ様! お目覚めになられたのですね……っ」


 ベッドの傍らで心配そうに見守っていたメルナが、ぱぁっと表情を明るくした。

 そこへ、絶妙なタイミングで私室の扉がノックされ侍女長のジェイミーがワゴンを押して入ってきた。


「旦那様、奥様。初めての過酷な公務、誠にお疲れ様でございました。旦那様も、すっかりお加減がよろしいようで安心いたしました」


 ジェイミーはにっこりと微笑むと、手際よくワゴンからティーカップを下ろし始めた。

 メルナの前には、心身をリラックスさせる甘い香りのカモミールティーが。

 そして、ハーヴィの目の前のサイドテーブルには蓋のついた銀のカップがことん、と置かれた。

 隙間から、なんだか薬草のような匂いのする怪しげな湯気が立ち上っている。


「ジェイミー、これは?」


「王都の特別な商人から仕入れました、滋養強壮に極めてよく効くという深紅の果実の絞り汁でございます。旦那様には、大至急、精をつけていただかなくてはなりませんから」


「……精?」


 首を傾げるハーヴィに対し、ジェイミーは瞳をすっと細め意味深な笑みを浮かべた。


「ええ。今宵は、お二人にとってご夫婦としての初めての夜でございますからね……邪魔者は、これにて失礼いたします。どうか、心ゆくまで」


 ジェイミーは完璧な角度で一礼すると嵐のように去っていき、パタンと重厚な扉が閉められた。


 残されたのは静寂と、ベッドの上の二人だけ。

 数秒遅れてジェイミーの言葉の意味と、目の前に置かれた怪しげな精力剤の意図を正確に理解したハーヴィは、ボンッ! と音が出そうなほど一気に顔を真っ赤にした。


(……ご夫婦としての、初めての夜。そういうことか……っ!?)


 確かに彼はアリストン家最後の生き残りであり、一族の血を絶やさないためにも早急に跡継ぎが必要な立場だ。

 家臣たちが期待し、気を利かせるのも無理はない。

 無理はないが、しかし。


「ご夫婦としての初めての夜……?」


 隣に座るメルナが、両手でカモミールティーのカップをたいせつそうに包み込みながら、こてんと小さく首を傾げていた。

 その朱色の瞳はどこまでも澄み切っており、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。

 警戒心など微塵もない、あまりにも無防備な姿だ。


「ハーヴィ様、まだ夜も何かお役目があるんですか? 私、初めてのことばかりでわからなくて……」


 純真無垢な問いかけに、ハーヴィは頭を抱えてベッドのシーツに顔を埋めたくなった。

 こんなにも無垢で、つい先日まで辺境の森で迫害され、過酷な人生を歩んできたばかりの彼女に。

 今日、いきなりあんなことやこんなことを求めて、無理やり手を出せるわけがないだろう。


 当主としての責任はある。

 だが、それ以上に目の前の愛しすぎる妻を大切にしたいという理性がハーヴィの頭の中で激しいせめぎ合いを起こしていた。


「ハーヴィ様? またお加減が……?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるメルナ。

 そのほんのりと赤みを帯びた白い頬と、艶やかな唇がすぐ目の前にある。


 ハーヴィは小さく、観念したような溜め息を吐いた。

 そして、手付かずの精力剤のカップを横へ押しやると、メルナの方へと静かに身体の向きを変えた。


「メルナ」


「は、はい……っ」


 急に真剣な熱を帯びた灰色の瞳で見つめられ、メルナの肩がびくっと小さく跳ねる。

 ハーヴィはそっと手を伸ばし彼女が持っていたティーカップを取り上げてテーブルに置くと、彼女の華奢な肩を引き寄せた。


 そして、驚きに丸く見開かれた朱色の瞳を真っ直ぐに見つめながら、その薄い桜色の唇に触れるだけの優しい口づけを落とした。


「っ――!?」


 ちゅっ、という微かな音。

 離れていく彼のあたたかな体温。


 数秒間の完全なフリーズののち、メルナの顔が真っ赤に染め上がった。


「ぁ、えっ……あ、あの、いま……っ」


 彼女は両手で自分の口元をぎゅっと覆い隠し、潤んだ朱色の瞳でハーヴィを見上げている。

 瞬きの回数が異常に多くなり、口の端から言葉にならない声が漏れていた。

 完全に思考回路がショートしてしまったその反応は、理性を吹き飛ばすほどにとびきり愛らしかった。


「……今夜のお役目は、これだけだ」


 ハーヴィはたまらなくなって吹き出すと、真っ赤になって震えるメルナをその腕の中にすっぽりと優しく抱きしめた。


 秋の夜長。

 夫婦としての本当の始まりは――焦らず、少しずつこのあたたかな体温とともに育んでいけばいい。


 ハーヴィは彼女の髪に頬をすり寄せながら、心の中でそう静かに誓ったのだった。

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