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魔力を持ちすぎた化け物少女は、空っぽの無能公爵に嫁ぐ 〜触れても壊れないただ一人の旦那様に、なぜか底抜けに溺愛されています〜  作者: 白月つむぎ


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19 おとぎ話のお姫様

 冬の透き通るような日差しが差し込む、アリストン公爵家本館のサロン。


 大きなローテーブルの上には、王都の最高級仕立屋から取り寄せられた分厚いカタログや、手触りの良いシルク、繊細なレースの生地見本が所狭しと広げられていた。


「ああ、奥様! こちらのふんわりとしたチュールのデザインなんて、奥様の可憐な雰囲気に絶対に似合いますわ! それとも、アリストン公爵夫人としての威厳を示すような、こちらの光沢のあるシルクのAラインになさいますか?」


 侍女長のジェイミーが、自分の結婚式かのように鼻息を荒くして身を乗り出している。


 春に行われることになった結婚式。

 その要となるウェディングドレスの打ち合わせは、メルナにとって夢のようにふわふわとした、くすぐったい時間だった。


「ど、どれもすごく綺麗で……私なんかが着てもいいのかなって、なんだか信じられなくて」


 美しい純白のドレスが描かれたカタログを見つめながら、メルナは照れくさそうに朱色の瞳を伏せた。

 森で化け物と忌み嫌われ、ボロボロの服しか着たことがなかった自分が、こんなにも美しい純白を身に纏う日が来るなんて。


「何を着ても、君なら世界一美しいに決まっているよ」


 不意に、サロンの扉から甘い声が響いた。

 振り返ると、王城での仕事を早めに切り上げて帰ってきたハーヴィが、ドア枠に寄りかかって優しげに微笑んでいた。


「ハーヴィ様! お仕事、もう終わったんですか?」


「ああ。君との大切な約束があったからね。ドレス選びも大事だけれど、今日はこれから王都へ行こう。僕たちの愛を証明する、一番大切な指輪を選びに行かなくてはならないからね」


 ハーヴィが歩み寄り、流れるような動作でメルナの手を取って甲に口づけを落とす。

 そのスマートなエスコートに、メルナは頬を赤く染めてこくりと頷いた。


 ◇


 王都の中心部。

 高級な宝飾店や仕立屋が立ち並ぶ、石畳の美しい大通り。


 冬の冷たい風が吹き抜ける中、メルナはハーヴィの腕に自身の腕を絡めぴったりと寄り添うようにして歩いていた。

 行き交う人々が息を呑むほど美しい公爵夫妻の姿に思わず道を譲り、憧憬の眼差しを向けている。


(ふふっ、なんだか本当に、おとぎ話のお姫様になったみたい……)


 幸せを噛み締めながら、目的の宝飾店が見えてきた、その時だった。


「おや? もしかして……俺の尊敬する先輩、ハーヴィ・アリストン公爵閣下じゃありませんか」


 人混みを縫うようにして、ひどく人懐っこい声がかけられた。

 その声を聴いた瞬間、メルナの全身に冷たい氷水を浴びせられたような戦慄が走った。

 

(……この声、まさか)


 ハーヴィの足がピタリと止まり、その灰色の瞳がスッと鋭い光を宿す。

 振り返った先に立っていたのは、冬の陽射しを反射して輝く白金色の髪と、宝石のように鮮やかな翠色の瞳を持つ青年だった。


 王立魔導院首席、レグルス・ロッシェル。

 伯爵令息である彼は魔導院の最高階位を示す深紫の外套を翻し、初対面の相手なら誰もが毒気を抜かれるような、人当たりの良い笑顔を浮かべていた。


「……えっ?」


 メルナは繋いでいたハーヴィの腕を、思わず指先が白くなるほど強く握りしめた。

 先日王都の雑踏で自分を待ち伏せし、「飢えている」と囁き、正体不明の恐怖を植え付けたあの男。


 得体の知れない不気味な魔法使いだと思っていたその人物が、今、あろうことかハーヴィのことを先輩と呼び、親しげに笑いかけている。


「奇遇ですね、先輩。こんなところでお会いできるとは光栄だ。相変わらず、隙のない完璧な佇まいで」


「……ロッシェル卿。魔導院以来だな。君が王都のこんな場所をうろついているとは珍しい」


 ハーヴィの答えに、メルナの頭の中は真っ白になった。


(ハーヴィ様の、知り合い……だったの?)


「先輩は相変わらず冷たいなあ。俺は先輩のこと、魔力を持たないのに理論だけで魔導院を牛耳った伝説の卒業生として、今でも心から尊敬しているんですよ?」


 レグルスは楽しげに笑いながら、ハーヴィと交わしていた視線をスッと横に滑らせた。

 メルナの朱色の瞳が、彼の翠色の瞳とぶつかる。


「おや。やっぱり、あの日の中央広場にいた可愛いお嬢さんじゃないか。そっか、公爵の奥様だったんですね。驚いたなあ」


 白々しいほど芝居がかった口調で、レグルスが目を細める。

 彼はメルナの動揺を見透かしたように、ハーヴィを介さず、ズカズカと彼女のパーソナルスペースへと顔を近づけてきた。


「ねえ、君。あの時からずっと思っていたんだけど……なんだか俺とすごく波長が合う気がするんだよね。まるで、魂の半分を共有しているみたいに」


「えっ……」


「君の魔力の揺らぎ、すごく心地いい……もしかして君の誕生日って、パープルムーンが昇った日じゃない?」


 その言葉に、メルナは弾かれたように顔を上げた。


 自分の誕生日。

 そして、不吉な象徴とされる紫の月の夜。

 どうして、この人はそれを知っているのか。


「どうして、それを……っ」


「やっぱり! 俺と同じ日だ」


 レグルスは歓喜に顔を輝かせ、まるで運命の恋人を見つけたかのような、ひどく執着に満ちた熱い視線をメルナに絡みつかせた。

 

「すごい偶然だ。いや、これは偶然じゃない、必然だ。俺たちは同じ星の下に生まれて、同じ渇きを抱えている。俺たちはきっと、誰よりも深く分かり合える運命なんだよ。ねえ、メルナ」


 ただの好意とは呼べない、相手の芯の髄まで貪ろうとするかのような、重くまとわりつく不気味な執着。

 先日、一人でいた時に向けられたあの不穏な熱量が、ハーヴィの目の前でも隠されることなく放たれている。


 メルナがその瞳の奥にある底知れない執念に気圧され、一歩後ずさろうとした――その瞬間。


「そこまでにしていただこうか」


 絶対零度の冷気が、二人の間に割って入った。

 ハーヴィがメルナの肩を抱き寄せ、完全に自分の背後へと庇うようにしてレグルスの前に立ち塞がったのだ。


「妻に気安く話しかけないでもらおうか、ロッシェル卿。私たちはこれから、結婚指輪を選ぶという何よりも大切な用事があるんだ。君の空想に付き合っている暇はない……失礼するよ」


 ハーヴィの声はかつてないほど低く、凄まじい威圧感と明確な敵意を孕んでいた。

 一人の男としての強烈な独占欲。

 そして、彼女に不用意に触れようとするものへの容赦ない拒絶。

 

 しかし、レグルスは全く怯むことなく、「怖い怖い」と肩をすくめてみせた。


「先輩は相変わらず独占欲がお強い。それじゃあまたね、メルナ。俺たちはまた、必ず会う運命だから」


 レグルスは未練がましそうにメルナを一瞥すると、意味深な笑顔を残し、人混みの中へと優雅に歩き去っていった。


 その後ろ姿が見えなくなるまで、ハーヴィはメルナを庇うように抱きしめたまま、鋭い視線を向け続けていた。


 ◇


 その後、二人は大通りに面した王都で最も格式高い宝飾店へと足を踏み入れた。


 公爵夫妻の来店に、店主自らが深く頭を下げ、他の客の目につかない奥の特別な貴賓室へと案内してくれた。

 ふかふかの豪奢なソファに腰を下ろし、あたたかい紅茶が出されても、メルナの鼓動はまだ激しく波打っていた。


(どうしよう……ハーヴィ様、気づいたかな。私が先日、レグルスさんと会っていたこと……)


 レグルスが放った「あの日の中央広場にいた」という言葉。

 それを聴いてハーヴィがどう思ったのか。

 彼に心配をかけさせないためとはいえ、隠し事をしていたという事実がメルナの胸を締め付ける。


「……メルナ」


 名を呼ばれ、メルナはびくりと肩を揺らした。

 恐る恐る顔を上げると、そこには怒りの色など微塵もない、ひどく心配そうなハーヴィの顔があった。


「顔色が悪いよ……あのロッシェル卿は、魔導院始まって以来の天才と呼ばれているが、少々、執着心のコントロールがきかない男なんだ。君が魅力的だから、変な運命を感じてしまったのだろう。僕が必ず守るから、彼の言葉は忘れていい」


 ハーヴィは心配そうに眉を下げると、メルナの冷えた両手を自身の大きな手で包み込み優しく温めてくれた。

 そのあたたかさに、メルナの目からぽろりと涙がこぼれそうになる。

 

「……ハーヴィ様。ごめんなさい、私……」


「謝らなくていい。君が怖い思いをしたのなら、それは僕の落ち度だ。さあ、嫌なことは忘れて、君に一番似合うものを選ぼう」


 ハーヴィの揺るぎない優しさに、メルナは言葉を飲み込んだ。

 この幸せな指輪選びの時間を、自らの後ろめたさで台無しにしたくなかった。

 

 やがて、店主が恭しく黒いベルベットのトレイを運んできた。

 そこには光を反射して眩いほどに輝く、最高級の宝石たちが並べられていた。


「わあ……! 私、これがいいです」


 メルナが迷わずに指差したのは、一切の濁りを持たない透明な輝きを放つダイヤモンドの指輪だった。


「どんな光も反射して、真っ直ぐに輝く石……なんだか、ハーヴィ様の心みたいだから」


 メルナがはにかみながら答えると、ハーヴィは瞳を甘く細め、その指輪をそっとつまみ上げた。

 彼はメルナの左手を取り、薬指へとゆっくりと滑らせる。


 サイズは測ったかのようにぴったりだった。

 メルナの華奢な指で、永遠の誓いを象徴するダイヤモンドが燦然さんぜんと輝く。

 ハーヴィはそのままメルナの薬指をそっと持ち上げ、指輪の冷たい表面に自らの熱い唇を押し当てた。


「君は僕のものだ……誰にも、どんな運命にも、絶対に渡しはしない」


 自分自身に誓うように紡がれた深く甘い声。

 その言葉に含まれた強烈な愛と独占欲に、メルナはただただ彼という陽だまりに身を委ねた。


「はい……私、ずっと、ハーヴィ様のそばにいます」


 レグルスという天才が残していった不気味な熱。

 それは、薬指に輝くダイヤモンドの重みとハーヴィの揺るぎない愛情の前では、取るに足らない幻のように思えた。


 けれど、メルナの胸の奥底に落ちた影は、春の結婚式へ向けて静かに広がろうとしていた。

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