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魔力を持ちすぎた化け物少女は、空っぽの無能公爵に嫁ぐ 〜触れても壊れないただ一人の旦那様に、なぜか底抜けに溺愛されています〜  作者: 白月つむぎ


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14 お役目してください

 アリストン公爵領の豊かな自然を満喫したお忍びピクニックから、本館へと帰還した夕暮れ時。


 メルナは馬車を降りるなり、大切に抱えていたバスケットを持って真っ直ぐに厨房へと向かった。


「ジェイミーさん、料理長さん! 見てください、森でたくさん採ってきたんです!」


 弾むような声で差し出されたバスケットの中身を見て、侍女長のジェイミーと恰幅の良い料理長は目を丸くした。


「まあっ、これは立派な栗! それに……ええっ!? これ、森の王様と呼ばれる幻の高級キノコではございませんか!?」


「はい! 綺麗に泥を落としておきました。今日の夕食で、ハーヴィ様に食べていただきたくて……」


 嬉しそうに朱色の瞳を輝かせるメルナからの最高の差し入れに、厨房の士気は一気に跳ね上がった。


 そうして迎えた、その日のディナータイム。

 ダイニングテーブルのメインディッシュの傍らには、メルナが収穫した森の王様が、シンプルかつ最高に食欲をそそる一皿となって並べられていた。


 たっぷりの上質なバターと少しの岩塩だけでソテーされたキノコからは、森の奥深くを思わせる芳醇な香りが湯気とともに立ち昇っている。


「……素晴らしい香りだ。それに、肉厚ですごく美味しい。これを君が見つけてくれたなんて、本当に驚きだよ」


 キノコを一口食べたハーヴィが、灰色の瞳を細めて感嘆の息を吐く。


「ふふっ、お口に合ってよかったです。森での生活が、こんなところで役に立つなんて思いませんでした」


 メルナも自身の見つけた食材が立派な料理になったことに感動し、嬉しそうに頬を綻ばせた。


 そして食後には、お待ちかねのスイーツが登場した。

 銀の皿に乗せられて運ばれてきたのは、サクサクに焼き上げられたタルト生地の上に、メルナが拾った栗を丁寧に裏ごしして作った濃厚なマロンクリームがたっぷりと山のように絞られた特製マロンタルトだった。


「わあ……っ! すごく綺麗です……!」


「奥様が採ってきてくださった栗が、あまりにも立派で甘かったものですから。料理長が腕によりをかけておりましたよ」


 ジェイミーが満足げに微笑む。

 メルナはフォークでタルトを切り分け、ぱくりと口に運んだ。

 ――瞬間、栗のほっくりとした優しい甘さと、濃厚なバターの風味が口いっぱいに広がる。


「おいひいです……! 私が見つけた栗が、こんなに甘くて美味しいお菓子になるなんて……っ」


「ゆっくり食べなさい。頬にクリームがついているよ」


 幸せそうに両手で頬を押さえるメルナを見て、ハーヴィは愛おしそうに手を伸ばし、彼女の口元についたマロンクリームを親指の腹でそっと拭い取った。

 そしてその親指をそのまま自身の口元へと運び、ぺろりと舐め取る。


 自然すぎる甘い所作に、メルナは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 ◇


 夕食後、ハーヴィは「少しだけ、明日提出する書類の確認をしてくるよ」と執務室へ向かった。


 メルナは自室で少し休んだあと、仕事をしている彼を労おうと、あたたかい紅茶を淹れて執務室へと足を運んだ。

 カップが乗った銀の盆を両手で持ち、静かな廊下を歩いていく。

 執務室へと続く角を曲がろうとした――その時だった。


「冬に向けた館の備品の調達リストは、これで問題ない。よくまとめてくれたね」


「も、もったいないお言葉でございます、旦那様……っ!」


 少し先の廊下で、ハーヴィが立ち止まって話をしている声が聞こえた。

 相手はまだ若い、可愛らしい顔立ちをしたメイドだった。

 彼女は両手で書類の束を抱きしめながら、顔を林檎のように真っ赤に染めている。


 ハーヴィが話している内容は、ただの業務連絡だ。

 何もやましいことなどない。


 だが――問題だったのは、彼がメイドに向けていたその表情だった。

 ハーヴィは日頃の激務を支えてくれる使用人への純粋な労いの意味を込めて、ふっと目尻を下げ、彼特有の穏やかで甘い、極上の微笑みを向けていたのだ。


「いつも助かっているよ。これからも頼む」


「は、はいぃっ……! 一生懸命、お仕えいたしますっ!」


 メイドは今にも倒れそうなほど感激し、深く頭を下げて走り去っていった。

 残されたハーヴィも、そのまま執務室へと入っていく。


 その後ろ姿を、壁の影からこっそりと見ていたメルナは、ピタリと足を止めたまま動けなくなっていた。

 胸の奥が、ちくり、と針で刺されたように痛んだ。


(……あんなふうに、他の人にも笑いかけるんだ)


 ずんと、お腹の底に冷たくて重い泥のような感情が溜まっていく。

 ハーヴィのあの優しくて甘い微笑みは、自分だけに向けられる特別なものだと思っていた。

 自分が妻だから、特別に愛してくれているのだと、そう信じきっていた。


 もちろん、彼が当主として使用人を労うのは当然のことだ。

 頭ではわかっている。

 わかっているのに、どうしても胸の奥で渦巻く黒いモヤモヤとした感情を抑え込むことができなかった。


 森で化け物と忌み嫌われ、孤独に生きてきたメルナにとって、誰かを独り占めしたいなどという傲慢な感情は、これまでの人生で一度も抱いたことがないものだった。

 だから彼女は、この息苦しい痛みの正体がヤキモチだということにすら気づいていなかった。


「……紅茶、冷めちゃったな」


 メルナはぽつりと呟くと、盆を持ったまま執務室には向かわずに、自室である寝室へと引き返していった。


 ◇


 それから一時間ほど後。


 書類の確認を終えたハーヴィが寝室の扉を開けると、そこにはいつにも増して静かな空気が漂っていた。


「ただいま、メルナ。遅くなってごめ……ん?」


 いつもなら「おかえりなさい!」とぱぁっと花が咲いたように笑って駆け寄ってくるはずの愛らしい妻が、今日は来ない。

 メルナはベッドの端にちょこんと座ったまま、こちらを見ようともせず、ぷいっと顔を逸らしていた。


「メルナ? どうしたんだい? もしかして、どこか具合でも悪いのか?」


 慌てて歩み寄ったハーヴィは、彼女の顔を覗き込んで、思わず動きを止めた。

 メルナはこれ以上ないほどわかりやすく、ぷくぅっと両方の頬を膨らませていたのだ。


 まるで、木の実を溜め込んだ小動物のようである。

 その不機嫌さを全身でアピールしている姿が、あまりにも、あまりにも可愛すぎて、ハーヴィは危うく胸を押さえてその場にしゃがみ込みそうになった。


「っ……いや、どうしたんだい? 夕食のキノコで、お腹が痛くなったわけじゃなさそうだけれど……」


 必死に込み上げてくる笑みと愛おしさを堪えながら、ハーヴィはベッドの隣に腰を下ろし、彼女の淡い青色の髪をそっと撫でた。

 その優しい手のひらの温度に触れた瞬間、メルナの我慢の糸がぷつりと切れた。


「……さっき」


「うん」


「さっき、廊下で……メイドさんに、すごく優しく笑いかけていました……」


 ぽつり、ぽつりとこぼれ落ちたその言葉に、ハーヴィは一瞬だけ目を瞬かせ、そして――すべてを理解した。

 彼女がなぜ頬を膨らませていたのか。

 なぜ、こちらを見ようとしないのか。


(……まさか)


 ハーヴィの灰色の瞳に、ゾクッとするほどの歓喜と、甘い熱が灯る。


「ヤキモチを、焼いてくれたのかい?」


 わざと少しだけ声を低くして、意地悪に耳元で囁く。

 その言葉に、図星を突かれたメルナの肩がびくっと大きく跳ねた。

 顔を耳の先まで真っ赤に染め上げ、さらに深く俯いてしまう。


「……っ、ち、違います……ただ、あの笑顔は私だけのものだと思っていたのに……他の人にも見せるんだって思ったら、なんだか胸の奥がチクチクして……私、嫌な奥様ですね。お仕事のお話だったのに……」


 自己嫌悪で朱色の瞳を潤ませるメルナ。

 しかし、ハーヴィにとってこれほど嬉しい言葉はこの世に存在しなかった。


 控えめで、いつも自分の感情を後回しにしてきた彼女が、初めて自分に対して独占欲を向けてくれたのだ。

 愛おしさが爆発しそうになり、ハーヴィは堪えきれずにメルナの華奢な身体を強く抱きしめた。


「嫌な奥様なんかじゃない……すごく、すごく嬉しいよ。君が僕を誰にも渡したくないと思ってくれることが、たまらなく愛おしい」


「ハーヴィ、様……」


「あの笑顔は、ただの当主としての愛想笑いだ。僕が心から笑うのは、世界で君の前だけだよ。僕の心も、身体も……すべては君だけのものだ」


 甘く、熱を持った声で囁かれ、メルナの胸を覆っていた黒いモヤモヤはあっという間にあたたかな熱気へと溶かされていった。

 そして、彼の力強い腕の中にすっぽりと収まりながら、メルナは自分の内に芽生えた、どうしようもないほどの彼を求める感情に従うことにした。


 メルナはそっと腕を伸ばし、ハーヴィのシャツの袖をきゅっと掴んだ。

 そして、潤んだ朱色の瞳で見上げ、頬を真っ赤に染めながらとびきり甘い声でおねだりをした。


「……お役目、してください」


 ――ブツンッ。


 ハーヴィの頭の中で、太い理性の綱が音を立ててちぎれ飛んだ。

 こんなにも無防備で、独占欲にまみれた、愛する妻からの直接的なお誘い。

 これに耐えられる男がいたら、それはもはや人間ではない。


「……喜んで」


 低く、火のついたような掠れた声で応えた次の瞬間。

 ハーヴィはメルナの身体を押し倒すような勢いでベッドへと横たえ、その小さな唇を逃げ場のないほど深く、熱い口づけで塞いだ。


「ん……っ」


 嫉妬から生まれた少しの強引さと、溺れるような深い愛情。

 何度も角度を変えて重ねられる熱い唇に、メルナは抗うことなどできるはずもなく、ただ彼の首に腕を回しその熱に身を委ねた。


 秋の涼しい夜風が窓を叩く音も、今の二人にはもう聞こえてはいなかった。

 甘いヤキモチから始まった夜は、ただひたすらにお互いの体温と愛情を確かめ合う、甘く溶けるような時間へと変わっていくのだった。

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