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魔力を持ちすぎた化け物少女は、空っぽの無能公爵に嫁ぐ 〜触れても壊れないただ一人の旦那様に、なぜか底抜けに溺愛されています〜  作者: 白月つむぎ


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13 お忍びデート

 王城での夜会から数日。


 大樹の魔力供給がかつてないほど安定した恩恵は、すぐに王都全域へと波及していた。

 魔力インフラの不具合報告は激減し、連日深夜まで書類の山と格闘していた若き公爵に奇跡のような平穏が訪れる。


 その日の朝。

 ハーヴィがいつものように執務室へ向かおうとすると、重厚な扉の前で筆頭執事のオリバーが立ち塞がった。


「旦那様。本日は執務室の絨毯の張り替えと、書架の特別な清掃を行う予定でございます。夜まで入室は叶いませんので、どうかご承知おきください」


「……オリバー。絨毯の張り替えなら、僕が城へ行っている間にできるはずだが」


 ハーヴィが怪訝そうに灰色の瞳を細めると、オリバーは黄緑色の瞳に一片の曇りもない微笑を浮かべた。


「いえ、本日は特別な清掃なのです。たまには奥様とゆっくりなさってください。これほど気候の良い秋の日は、そう長くは続きませんよ」


 有能な執事による、有無を言わさぬ休暇の強制。

 ハーヴィは降参したように肩をすくめ、隣で「お掃除、大変ですね」と小首を傾げているメルナを見つめた。


「……そういうことなら、仕方ない。メルナ、今日は二人でお忍びの領地デートに行こうか」


「デート……! はいっ、喜んで!」


 メルナは朱色の瞳をキラキラと輝かせ、喜びを表現するようにぴょこんと跳ねた。

 それから彼女は「お弁当、私が作ってもいいですか?」とジェイミーに相談し、朝から厨房へと駆け込んでいった。


 ◇


 一時間後。


 公爵家の紋章を隠した――けれど乗り心地の良さは抜群の馬車が、アリストン公爵領ののどかな田園地帯へと滑り出した。

 車窓から見えるのは黄金色に色づいた稲穂が揺れる田畑と、燃えるように紅葉した山々。

 王都の華やかさとはまた違う、静かで豊かな秋の情景が広がっている。


「わあ……! お米がとっても立派に育っていますね。果物もたくさん……あ、ハーヴィ様、見てください! あの木、すごく大きな実がなっています!」


 メルナは馬車の窓に張り付くようにして、外の景色に夢中になっていた。

 そんな彼女の横顔を、ハーヴィは優しい灰色の瞳で見つめ、満足げに微笑む。


「そうだね。大樹が安定したおかげで、領内の作物も例年以上の豊作らしい。メルナ、あの林の近くで少し馬車を降りて歩いてみようか」


「はい!」


 林道の入り口で馬車を止め、護衛のランスロットを少し離れた位置に控えさせて、二人は手を取り合って散策を始めた。

 秋の冷たく乾いた風が、メルナの淡い青色の髪をさらさらと揺らす。


「ふふ、いい匂い。森の土の匂いと、落ち葉の匂い……なんだか、落ち着きます」


 メルナが深く息を吸い込んだ、その時だった。

 彼女の朱色の瞳が、一瞬で鋭く光った。


「――っ! ハ、ハーヴィ様、ちょっと待ってください!」


「え? メルナ?」


 ハーヴィが驚く間もなく、メルナは純白のレースがあしらわれたお出かけ用のドレスの裾を躊躇なくたくし上げ、道端の生い茂る茂みへと飛び込んでいった。


「危ないよ、メルナ!」


「大丈夫です、見てくださいこれ……っ! 森の王様です! 幻の高級キノコですよ、ハーヴィ様!!」


 メルナが嬉々として指差したのは、枯れ葉の山から顔を出した、ずんぐりと太い茶色のキノコだった。

 それは森の奥深くにしか生えず、王都の高級料亭でも滅多にお目にかかれないという希少な逸品。

 メルナは周囲の土を器用に指先で掘り起こすと、公爵夫人らしからぬ見事な手つきで、キノコを根元から綺麗に収穫してみせた。


「こんなところにあるなんて、奇跡です! これ、バターで焼くと最高に美味しいんですよ。お父さんとお誕生日の時だけ探して食べたことがあって……っ」


 メルナはドレスの裾が土で汚れるのも、高級な刺繍が枝に引っかかるのも全く気にする様子がない。

 収穫したキノコを宝物のように抱え、鼻を近づけて香りを堪能している。


「あ、あっちにもあります! それに、見てくださいハーヴィ様、あの大きな木の下! あんなに立派な栗がたくさん落ちています!」


 メルナは獲物を見つけた狩人のような足取りで、今度は大きな栗の木の下へと駆け寄った。

 イガに入ったままの栗が、地面を覆い尽くしている。


「これ、すごく大きいです! 中身がぎっしり詰まってますよ」


 メルナは慣れた足つきで栗のイガを両足で器用に踏み分け、中のツヤツヤとした茶色の実を取り出した。

 トゲを恐れる様子など微塵もない。


「森では、こうして食べられるものを探すのが当たり前だったんです。お父さんも足が不自由だったから、私が一番得意な仕事で……あ」


 ふと我に返り、メルナは土のついた手で抱えた栗と少し汚れてしまったドレスを見て、真っ赤になって肩をすくめた。


「ご、ごめんなさいハーヴィ様……私、公爵夫人なのに、こんな……はしたない真似を……」


 しょんぼりと耳を垂らした小動物のように俯くメルナ。

 しかし、ハーヴィは呆れるどころか、我慢しきれないといった様子で小さく吹き出した。


「……ふふ、あははは! いや、驚いたな。まさか僕の妻に、こんなに頼もしい才能があったなんて」


 ハーヴィは歩み寄ると、膝をついてメルナと視線を合わせた。

 そして彼女の土がついた小さな手を、自らの清潔なシルクのハンカチで優しく、愛おしそうに拭い始める。


「恥ずかしがることはないよ。君が自分の知恵で何かを見つけ、こんなに嬉しそうに笑っている。その姿を見られるだけで、僕はこの休日を過ごす価値があったと思っているんだ」


「ハーヴィ様……」


「それに、その栗とキノコ、今日の夕食に並べてくれるかい? 君が僕のために見つけてくれた、最高のご馳走だ」


 ハーヴィの瞳に、深い愛情と尊敬の光が揺れている。

 メルナは胸がいっぱいになり、朱色の瞳を潤ませながら「……はい!」と力強く頷いた。


 ◇


 収穫したお宝を大事に馬車に積み込み、二人はさらに丘の上へと向かった。


 そこは、アリストン領を一望できる絶景の場所。

 色とりどりに染まった秋の山々と、遠くに見える大樹の威容がどこまでも続く青空の下で輝いている。


 ハーヴィが大きな敷物を広げると、そこが二人きりの特別なレストランになった。


「さあ、メルナ。君が作ってくれたお弁当、いただいてもいいかい?」


「はい! 今日は、ジェイミーさんに教えてもらいながら、新しいサンドイッチを作ってみたんです」


 メルナがバスケットから取り出したのは、今朝焼き上げたばかりのモチモチとした食感が自慢のベーグルだった。

 半分にカットされたその間には、黄金色に蒸し上げられた甘いかぼちゃと、濃厚なクリームチーズがたっぷりとサンドされている。


「かぼちゃとクリームチーズのベーグルサンドです。秋の味覚をたくさん詰め込んでみました」


「美味しそうだ。さあ、一緒に食べよう」


 ハーヴィがベーグルを手に取ると、メルナはもじもじと落ち着かない様子で彼を見つめた。


「あの……ハーヴィ様。その……もしよろしければ、あの……」


 メルナは真っ赤になりながら、一口サイズにちぎったベーグルを、指先で震わせながら差し出した。


「……あーん、してもいいですか?」


 その、あまりにも一生懸命で健気な誘いに、ハーヴィの理性がふわりと浮き上がる。

 彼は幸せを噛みしめるように目を細め、彼女の差し出したベーグルをぱくりと咥えた。


「――っ、美味しい。かぼちゃの甘みと、チーズの塩気が最高だ……それに、君の手から食べさせてもらうと、味が何倍にも美味しく感じるよ」


「本当ですか……? よかった……っ」


 今度はハーヴィが、自分の持っているベーグルをメルナの口元へと運ぶ。


「さあ、お返しだよ。あーん」


「ふぇっ!? あっ、あの、は、はい……っ」


 至近距離で見つめられ、メルナは朱色の瞳をパチパチと瞬かせながら、小さな口を開けてベーグルを頬張った。

 モチモチとした生地と、秋の豊かな風味が口いっぱいに広がる。


「おいひいです……っ」


 美味しい食べ物と、大好きな人の体温。

 森で飢えと寒さに震えていた頃の自分が見たら、きっと信じられないほどの奇跡のような光景。


 メルナは幸せのあまり、ふにゃりと目尻を下げて笑った。


 ◇


 食後、心地よい満腹感と秋の陽だまりに包まれて、二人の間には穏やかな時間が流れていた。


 ハーヴィが少しだけ眠そうに瞬きをしているのを見て、メルナは勇気を出して、自分の膝をぽんぽんと叩いた。


「……ハーヴィ様。もしよろしければ、少しだけ、休みませんか?」


「……膝を貸してくれるのかい?」


「はい。いつもお忙しいですから、今日くらいは……」


 ハーヴィは嬉しそうに微笑むと、遠慮なくメルナの柔らかい膝の上に頭を預けた。

 下から見上げる彼女の顔は、秋の青空を背景にしてどんな名画よりも美しく見える。


「……メルナ。君が来てくれてから、僕の世界は本当に変わったよ。大樹の安定もそうだが、何より……こうして、誰かの体温を感じて安心できる日が来るなんて、思ってもみなかった」


 漆黒の髪を、メルナの細い指先が優しく梳いていく。


「私もです、ハーヴィ様……私、化け物だって石を投げられていた頃は、ずっと一人で終わるんだと思っていました。でも今は、こんなに綺麗な景色を、大好きな人と一緒に見られる」


 メルナは膝の上のハーヴィを見つめ、朱色の瞳を潤ませながら誓うように囁いた。


「ずっと、おそばにいさせてください……私、ハーヴィ様のことが、大好きです」


「……ああ。僕もだよ、メルナ」


 秋の爽やかな風が、二人の上を吹き抜けていく。

 高く澄み切った空には、ただただ穏やかな光が降り注いでいた。


 この幸せがずっと続くように。

 二人は黄金色に輝く領地の景色の中で、静かに寄り添い続けていた。

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