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魔力を持ちすぎた化け物少女は、空っぽの無能公爵に嫁ぐ 〜触れても壊れないただ一人の旦那様に、なぜか底抜けに溺愛されています〜  作者: 白月つむぎ


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12 初めての夜会

 秋の夜風が心地よく吹き抜ける、アリストン公爵家の本館。

 メルナの私室では、かつてないほどの熱気と緊張感が漂っていた。


「ああ……奥様。なんという美しさでしょう。まるで、夜空から舞い降りた月の女神のようですわ」


 侍女長のジェイミーが、感嘆のあまり両手を組んでうっとりと溜め息を吐いた。

 姿見の前に立つメルナが身にまとっているのは、最高級のシルクで仕立てられた純白のイブニングドレスだった。

 歩くたびに波打つように広がるスカートには、光の加減で浮かび上がる繊細な銀糸の刺繍が施されている。


 淡い青色の長い髪は、編み込みを交えながら優雅にまとめ上げられ、その結び目には先日ハーヴィから贈られた三日月をモチーフにした銀細工の髪飾りが、静かで気品のある輝きを放っていた。


「本当に、私が着てもおかしくないでしょうか……?」


 メルナは自身の変貌ぶりに戸惑い、落ち着かない様子で朱色の瞳を揺らす。


「おかしいどころか、王城の誰よりもお美しいですよ。さあ、旦那様がお待ちかねです」


 ジェイミーに背中を押され、メルナは緊張で心臓を早鐘のように打たせながら、エントランスホールへと続く大階段をゆっくりと降りていった。


 ホールで待っていたハーヴィは階段を降りてくる天使のような妻の姿を見た瞬間、完全に言葉を失い固まってしまった。

 彼は吸い寄せられるように階段の下まで歩み寄ると、そのままメルナの目の前で騎士のように片膝をついた。


「ハーヴィ様……?」


「……メルナ。君は、本当に僕の妻なのかい? まるで、夢を見ているようだ」


 ハーヴィはレースの手袋に包まれたメルナの小さな手をそっと取り、その手の甲に祈りを捧げるように深く口づけを落とした。

 伏せられた灰色の瞳から、隠しきれないほどの独占欲が漏れ出している。


「正直に言うと……今夜は、君を誰にも見せたくなくなってしまったよ」


「えっ!? だ、駄目ですよ、王家主催の夜会なんですから……っ!」


 顔を真っ赤にして慌てるメルナを見て、ハーヴィはふっと目を細めて笑いゆっくりと立ち上がった。

 そして彼女の腰にそっと手を回し、自身の胸元へと引き寄せる。


「冗談だよ。さあ、行こう。君が世界で一番美しいことを、王都の皆に見せつけてやらなくてはならないからね」


 ◇


 ゼネ・レア王国の中心にそびえる王城、その最も巨大な大広間はすでに色とりどりのドレスや正装に身を包んだ貴族たちで埋め尽くされていた。

 無数のシャンデリアが眩い光を放つ中、重厚な扉が開きアリストン公爵夫妻が姿を現した。


 ――瞬間、ざわめいていた大広間が、水を打ったように静まり返った。


 漆黒の礼服に身を包み、知的な美貌を誇る若き公爵。

 そしてその隣で、彼に大切そうに腰を抱かれながら寄り添う、純白のドレスと三日月の髪飾りをまとった少女。

 あまりにも完成された絵画のような二人の姿に、会場中の視線が釘付けになったのだ。


「大丈夫だよ、僕がついている」


 極度の緊張で肩をこわばらせたメルナの耳元で、ハーヴィが優しく囁く。

 その声と、腰に添えられた手のあたたかさに、メルナは小さく深呼吸をして頷いた。


 二人がまず向かったのは、広間の最奥に設けられた玉座だった。

 そこには、ゼネ・レア王国の頂点に立つ男――デュエイン国王陛下が座していた。


 デュエイン国王は肩まで伸びた柔らかい銀髪に軽いウェーブをかけ、華やかながらも威厳に満ちた王衣をまとっている。

 そして何より目を引くのは、長身で厚みのある底知れぬ包容力を感じさせる体格と、すべてを見通すような深い金の瞳だった。


「おお、ハーヴィ。よくぞ参った」


 デュエイン国王は立ち上がり、金の瞳をあたたかく細めて二人を迎えた。


「陛下。ご無沙汰しております。本日は栄えある夜会にお招きいただき、光栄の至りに存じます。こちらは、私の妻のメルナです」


 紹介を受け、メルナはジェイミーとの特訓の成果を存分に発揮した。

 震える膝を必死に抑え込みながら、ドレスの裾を優雅に持ち上げ、扇子を胸元に添えて完璧なカーテシーを披露する。


「お初にお目にかかります、陛下。メルナ・アリストンと申します」


 その淀みなく、美しく洗練された所作にデュエイン国王は満足げに深く頷いた。


「顔を上げてくれ、メルナ夫人。長年、我が国の懸案であった大樹の暴走を鎮め、この地に真の安定をもたらしてくれたこと、余から直接礼を言わせてほしい。我が国の救世主よ、よくぞ公爵を支えてくれた」


「もったいないお言葉でございます、陛下。私はただ、ハーヴィ様のお力になれたことが嬉しいだけで……」


 権力に驕ることなく純粋に夫を慕うその言葉に、デュエイン国王はハッハッハと豪快に笑った。


「よい夫婦だ。ハーヴィ、そなたは国だけでなく、最高の宝まで手に入れたようだな」


「ええ。私にはもったいないほどの、最愛の妻です」


 ハーヴィが堂々と惚気るように答えたことで、メルナは玉座の前だというのに顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 ◇


 国王への挨拶という最大の山場を無事に終え、二人は広間の壁際へと移動した。


 色鮮やかな料理や宝石のようなスイーツが並ぶビュッフェテーブルを見て、メルナの朱色の瞳がキラキラと輝く。

 しかし、ここは公の場。

 マナーを思い出してぐっと我慢しているその姿は、小動物のように愛らしかった。


「少し、食べてみるかい?」


 ハーヴィはそんな妻の様子を愛おしそうに見つめると、周囲の目を盗んで小さな苺のタルトをメルナの口元へと運んでやった。

 こっそりとそれを頬張り、「美味しいです……!」とぱぁっと花が咲くように笑うメルナ。


 ――その時。

 ハーヴィの背後から、恰幅の良い中年貴族が声をかけてきた。


「アリストン公爵閣下。少々、北部の魔力配分についてご相談が……」


「……ああ。すぐに済ませるから、ここで少しだけ待っていておくれ」


 ハーヴィが申し訳なそうにメルナに告げ、二、三歩だけ離れて閣僚との短い会話に応じた――その一瞬の隙。

 メルナの背後からねっとりとした、ひどく不快な声が絡みついてきた。


「おや、これは驚いた。森の化け物が、よくぞここまで立派に着飾ったものだ」


 メルナが弾かれたように振り返ると、そこには悪趣味なほど装飾の多い礼服を着た高位貴族が立っていた。

 彼はかつて、魔力を持たないハーヴィを空っぽの無能と公然と見下し、自身の娘を後妻として押し込もうと企んでいた男だった。


「いかに着飾ろうと、中身は周囲を破壊する恐ろしい化け物だろう? いつ魔力が暴走してこの城を吹き飛ばすか、分かったものではないな」


「……!」


 扇子の裏から投げつけられた、明確な悪意と蔑みの言葉。

 かつて門前で槍を向けられ、「化け物、近付くな!」と罵られたトラウマが、メルナの脳裏に鮮烈に蘇った。


(私、やっぱりこんな華やかな場所にいていい人間じゃ……っ)


 極度の緊張と恐怖が、メルナの心を萎縮させる。

 それと同時に、彼女の内に眠る膨大な魔力が制御を失い始めた。


 メルナのドレスの裾から青白い魔力の火花が漏れ出し、近くのテーブルに置かれていたシャンパングラスが不吉な音を立てて細かなヒビを入れ始める。


「おや、もう暴走のお出ましかな? やはり平民の化け物など、夜会には不相応――」


 男が嘲笑を深めようとした、その瞬間だった。


「――そこまでにしていただこうか、伯爵」


 底冷えのする、氷のような声が広場を凍りつかせた。

 いつの間にか会話を切り上げて戻ってきていたハーヴィが、メルナの前に庇うように立ち塞がっていた。

 その少し青みを含んだ灰色の瞳はかつてないほど鋭く、殺気を孕んで嫌味な貴族を射抜いている。


「ひっ……!?」


「彼女は、大樹を救ったこの国の誇りだ。私の前でこれ以上、愛する妻を愚弄するつもりなら……アリストン公爵家のすべてを懸けて、貴殿を社会的に抹殺するが?」


「も、申し訳、ございません……っ!」


 圧倒的な威圧感の前に、高位貴族は顔を真っ青にして逃げるように後ずさっていった。


 しかし、メルナの震えは止まらない。

 一度漏れ始めた魔力は彼女の不安な心と連動して、今にも爆発しそうに周囲の空気を歪めていた。


 広間のざわめきが、不安げなものに変わり始める。


「メルナ」


 ハーヴィは、静かに振り返った。

 そして、今にも泣き出しそうになっているメルナの前に歩み寄り片手をスッと差し出した。


「――さあ、一曲いかがかな。僕の美しい妻」


「え……? でも、私、今魔力が……周りを壊してしまいます……っ!」


「僕がいる。君のすべてを、僕が受け止めて流してあげるから……信じておいで」


 その確かな声と、差し出された大きな手に、メルナは吸い寄せられるようにそっと自らの手を重ねた。


 楽団が、優雅なワルツの旋律を奏で始める。

 ハーヴィはメルナの手を引き、広間の中央――ダンスホールへと彼女を導いた。

 そして彼女の腰に手を回し、自身の胸へぴたりと密着させる。


「大丈夫だ。僕のステップに合わせて」


「は、はい……っ」


 二人がターンを決めた、その瞬間だった。

 メルナの身体から暴走しかけていた膨大な魔力の熱が、繋いだ手と密着した身体を通じてハーヴィという空っぽの器へと一気に流れ込んだ。

 行き場を失っていた破壊の力は、彼というフィルターを通ることで、完璧に無害化され――。


「まあ……っ!」


「なんと、美しい……」


 周囲の貴族たちから、感嘆のどよめきが上がった。

 ハーヴィの背中から空中に逃がされた魔力は、キラキラと輝く淡い光の粒へと変換され、まるで輝く花びらのように踊る二人の周囲を美しく舞い散り始めたのだ。


 純白のドレスを翻し、三日月の髪飾りを揺らして踊るメルナ。

 彼女を完璧にリードし、溢れ出る魔力を光の芸術へと変えてみせるハーヴィ。


 それは、ただのダンスではなかった。

 化け物と恐れられた少女の力が、公爵の深い愛情とエスコートによって世界で最も美しく幻想的な光のワルツへと昇華された瞬間だった。


 会場の誰もが言葉を失い、ただただその奇跡のような光景に見惚れていた。

 先ほど嫌味を言っていた貴族など、あまりの美しさと格の違いに完全に戦意を喪失し床にへたり込んでいる。


 圧倒的な、そして誰一人傷つけない、完璧な勝利だった。


 ◇


 曲が終わり、割れんばかりの拍手喝采が広間を包み込んだあと。

 熱気に当てられた二人は密かに広間を抜け出し、王城の広いバルコニーへと出ていた。


 秋の冷たい夜風が火照った頬を心地よく撫でていく。

 見上げた夜空には、美しい紅い月と蒼い月が寄り添うように浮かんでいた。


「私……失敗しないで、踊れましたか?」


 バルコニーの手すりに寄りかかり、メルナが上目遣いで尋ねる。

 ハーヴィは優しく微笑むと、彼女の純白のドレスの腰を引き寄せ、その淡い青色の髪を愛おしそうに撫でた。


「ああ。今夜の君は、間違いなくこの世界で一番美しかった。もう誰も、君を化け物だなんて呼ばせないよ」


「……ハーヴィ様」


 メルナの朱色の瞳から、ぽろりと安堵と喜びの涙がこぼれ落ちる。

 ハーヴィはその涙をそっと指先で拭うと、二つの月が照らす静寂の下で最愛の妻に甘い口づけを落とした。


 不安と恐怖に満ちていた初めての夜会は、二人の絆が何よりも美しいものであることを証明する、最高の夜となったのだった。

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