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「その黄色いゴミ箱を持って消えろ」と100均卵料理グッズを見下して追放した王国が、一年後に俺を呼び戻すまでの話  作者: 藍帽


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きっかけの王子と、始まりの卵

 翌朝、冷徹な静寂が支配する謁見の間。

 第一王子レオンが入室した際、そこに立つシュウの姿を見て、その歩みが凍りついた。


「……貴様、なぜここにいる」


「シュウ=ランスターだ」


 玉座に座す王が、重く、断罪するような声を響かせた。


「お前が無能と切り捨て、追放した男だ」


 レオンは混乱し、王とシュウを交互に見つめた。その傲慢な瞳に、初めて微かな動揺が走る。


「父上、これは一体……たかが雑用係一人のために、何を……」


「聞け、レオン」


 王は淡々と、だが峻烈に事実を突きつけた。

 街道沿いの農家で卵の流通が劇的に改善したこと。活気を取り戻した港町の調味料が今、王宮に届いていること。辺境の砦で飢えていた五百の兵士が、人生で最高の朝食を口にしたこと。

 そして昨日、この王宮の重鎮たちが、彼の「道具」の前に屈したこと。ボルドーが震える手で負けを認め、アルゼインの魔導と同等以上の力を彼が示したこと。


 語られる功績の一つひとつが、レオンの積み上げてきた「選民思想」という仮面を、音もなく剥ぎ取っていく。


---


 ベアトリーチェが凛とした足取りで前に出た。

 閉じた扇子を胸に当て、一礼する。


「国王陛下。ヴァルテン公爵家として、聖教会上層部による職権乱用および不正の証拠を、正式に告発いたします」


 差し出された書状の封蝋を、王がその目で確認し、深く頷いた。

「確かに聞き届けた。エルナ=ハルテンの追放令を本日付で撤廃する。聖教会の腐敗については、余が直接、鉄槌を下そう」


 その瞬間、エルナの肩が微かに震えた。

 泥に汚れ、雨に打たれ、それでも脱ぐことを許されなかった彼女にとっては呪いであり、矜持でもあった聖女服。その重みが、今、解かれたのだ。彼女は奥歯を噛み締め、溢れそうになる涙を堪えて前を見据えた。隣でベアトリーチェが、慈しむような眼差しで頷いていた。


---


「陛下。最後に一つだけ、持参したものをお見せしてもよろしいですか」


 シュウの声が静かに響いた。王は無言でそれを許した。


 シュウが鞄から取り出したのは、手のひらサイズの黄色い容器だった。四つの円筒が連結したような、滑らかで奇妙な形。この世界の陶器でも金属でもない、得体の知れない素材でできている。


 謁見の間が、静かになった。


 レオンの顔色が変わった。見覚えがあった。あの日、自分が「黄色いゴミ箱」と笑い飛ばした、まさにその道具だった。


「……昨夜、王都に着いてすぐ仕込みました。この容器に、ゆで卵とタレを入れて一晩置く。浸透圧で、芯まで均一に味が染みる。見てください」


 シュウが蓋を開けた。琥珀色に染まった卵が、四つ並んでいた。香ばしい、濃い旨みの匂いが謁見の間に静かに広がった。


 シュウはその一つを取り出し、レオンの前に置いた。


「これが、追放されてから最初に作ったものです。あなたが『黄色いゴミ箱』と呼んだ容器で」


 レオンは、眼前の卵を見つめた。あの日、ゴミと笑い飛ばした黄色い容器が、琥珀色の卵を抱えて自分の前に戻ってきた。


 王の視線に観念して震える手で卵を手に取り、口に運んだ。


 殻を剥いた瞬間、飴色の白身が現れた。香りが鼻を抜けた。一口かじった。

 ――衝撃が走った。

 うまい。プリっとした白身の芯まで、味が染みていた。はじける歯ごたえとうまみの共演がにぎやかに口腔内で奏でられる。黄身はまだとろりとしていて、濃厚なコクが喉の奥まで甘く落ちていく。銅貨十枚の容器が、一晩かけて作り上げた味だった。


 レオンは二口、三口と、止まらなかった。止められなかった。空になった皿を前に、顔を上げることができなかった。あの日、ゴミ箱と笑ったものが、これほどのものを作っていたのか。自分が追い出してから、ずっと。


「……何か申し開きはあるか」


 王の問いに、レオンはただ、深く、長く頭を垂れるしかなかった。


「レオンよ。しばらく辺境へ行け。民が何を食らい、どう生きているか、その目で見てくるがいい。戻れる日は、お前の心根次第だ」


---


 人々が去り、広間にはシュウ、エルナ、ベアトリーチェの三人が残った。

 ベアトリーチェは「無粋ですわね」と独り言ちて、空気を読むように静かに退室した。


「……シュウ様」


 エルナが声をかけた。その瞳の端は赤く、声は震えていた。


「追放が解けました。……本当に、ありがとうございました」


 シュウは彼女を見た。

 旅の間、隣で見てきた様々な顔が脳裏を過る。味玉の完成に頬を緩ませた顔、マリエルへの対抗心で膨れた顔、プリンを惜しそうに食べる横顔 。

 だが、今日の顔は、どれとも違った。


 言葉にできない感情が、シュウの胸の内でいつもと違う鼓動を刻む。その正体に、彼はうっすらと気づき始めていた。


「エルナ。……明日も、旅をします」


「続けますか?」


「ええ。まだ知らない街が、知らない食材が、私を待っている」


 エルナの瞳が、希望の光を宿して輝いた。


「……わたくしも、共に行きます。どこまでも」


「はい」


 シュウの言葉に、エルナが今日一番の、柔らかい笑みを浮かべた。

 戻ってきたベアトリーチェが二人の様子を見て、そっと扇子で口元を隠し、満足げに目を細めた。


「この国はまだ知らない。100円の道具が、世界を美しく塗り替えていくことを」

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