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「その黄色いゴミ箱を持って消えろ」と100均卵料理グッズを見下して追放した王国が、一年後に俺を呼び戻すまでの話  作者: 藍帽


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追放された男の帰還と、黄金の食卓

 王宮の重厚な石門は、追放前と何ら変わりなくそこに鎮座していた。

 見上げるほどに高いアーチ、冷徹に突き出された衛兵の槍。シュウはその前に立ち、静かに息を吸い込んだ。あの日、この門をくぐり抜けて放逐された際、彼の手元に残ったのは「ゴミ」と嘲笑われた数々の道具だけだった。だが今日、その同じ道具たちが、閉ざされていた門を内側から開かせたのだ。


「行きましょう。あなたの価値を、この国に刻み付けるために」


 ベアトリーチェが誇らしげに告げる。紋章を確認した衛兵たちが、かつての追放者のために道を開けた。


---


 広間では、王宮料理長ガストフが待ち構えていた。

 表面上は平静を装っているが、塗り固めたプライドの隙間から、じっとりと脂汗が滲んでいる。シュウの姿を認めた瞬間、その瞳に忌々しさと焦燥が混ざり合った色が走った。


「来たか……」


「お呼びと伺いましたので」


 事務的なシュウの返答に、ガストフは奥歯を噛み締め、背を向けた。案内するその背中は、一度も振り返ることはなかった。


---


 導かれた先は、静謐な王宮の大広間だった。

 今日は百官が並ぶ宴ではなく、ただ一人の男の「再審」の場と化していた。中央には場違いなほど質素な調理台が置かれ、その奥の高台には、王国を統べる王が鎮座している。


 王の左右を固めるのは、かつてシュウを嘲笑った重鎮たちだ。

 右翼には重装騎士団長ボルドー。丸太のような腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らす。あの日、卵タイマーを「臆病者の玩具」と切り捨てた男。

 左翼には大魔導院長アルゼイン。指に填めた魔力増幅の指輪を弄びながら、冷ややかな視線を送る。あの日、温泉たまご職人を「魔法の劣化コピー」と蔑んだ男。


 シュウが調理台の前に立つと、エルナが流れるような動作で隣に控えた。旅路で培われた献身的なサポート。彼女が器を差し出すタイミングに、一切の淀みはない。


「始めます」


---


 最初の一手としてシュウが取り出したのは、銀色に光る【エッグスライサー】だった。

 ゆで卵をくぼみに安置し、フレームを静かに下ろす。


 ――ぱちん。


 一瞬で、寸分違わぬ七枚の輪切りが生まれた。それを九十度回転させ、再びフレームを閉じる。


 ――ぱちん。


 まな板の上に、完璧な立方体の黄金粒がこぼれ落ちた。シュウはその粒を、瑞々しいレタスと温かなじゃがいもの上へ、高く掲げた手から解き放つ。


 ふわり、と。

 それはさながら、冷えた王宮に舞い散る黄金の花弁のようだった。


 広間を支配していた嘲笑の気配が、一瞬で霧散した。

 卵が「料理」へと昇華された瞬間だった。刻んだのではない。魔法で生成したのでもない。均一な厚み、揃えた粒。口の中でさわりになることのない平等さがそこにあった。


「どうぞ」


 おそるおそるフォークを口に運んだ大臣が、絶句した。


「……な、なんだこれは……! ただのサラダが、なぜこれほどまでに……っ! どこを咀嚼しても、完璧な旨味の比率が崩れぬ……!!」


 王が一口、静かにその黄金を嚥下し、前を見据えたまま告げた。


「……続けよ」


---


 二品目、かき玉スープ。

 シュウは【たまご溶き名人】を手に取り、リング状の先端で卵液を撹拌する。わずか十秒。タンパク質の結合を完璧に断たれた液体が、沸き立つ琥珀色のスープへと注がれた。


 ゆらゆらと、極細の絹糸がスープの中で踊り、熱に触れた瞬間に「花」となって開く。燭台の光を反射し、椀の中で揺れる黄金のベール。


「出汁と卵が、一点の濁りもなく溶け合っている……。雑味が、微塵も存在しない……っ」


 飲み干した大臣の声は、もはや震えていた。


---


 三品目、白身魚の香草焼き。仕上げに温泉卵を添えた。


 シュウが【卵タイマー】を鍋に沈めた。色が変わった瞬間に引き上げる。白身がうっすら真珠色に曇り、黄身がぷるりと揺れていた。


 香草バターで焼き上げた白身魚の上に、その温泉卵をそっと乗せた。


 大魔導院長アルゼインが、その小さな道具を凝視した。色が変わったから取り出した。それだけだ。魔力も呪文もない。温度を読む三十年の修行も、精密な魔法回路も、何も要らない。


 アルゼインは箸を取った。否定の言葉が喉まで来た。だが手が先に動いていた。


 卵を割った。黄身がとろりと崩れ、魚の白い身の上を流れた。一口運ぶ。


「……温度が」アルゼインが呟いた。「寸分も、狂っていない」


 もう一口。手が、止まらなかった。


「私は三十年、温度を魔力で制御してきた。毎朝、誤差をなくすために修行した。……それと、同じものが」


 彼は皿を見たまま、しばらく何も言わなかった。それから静かに、最後の一片を口に入れた。言い訳の言葉は、もう出てこなかった。


---


 四品目、錦糸卵の花シュウマイ、赤ワインソース。


 シュウが【うすやきたまごメーカー】を取り出した。卵液を流して魔導炉に三十秒。取り出した薄焼き卵を、【錦糸カッター】で一引きした。


 ザッ。


 黄金の糸が、まな板の上に散った。


 次に【まるごと肉だんごメーカー】。トング型の道具で挽肉のタネを挟んで振る。完璧な球体の肉だねが転がった。もう一つ。また同じ大きさが転がった。


 その肉だねに、錦糸卵をまぶしつける。黄金の糸が球体を覆い、毬のような形になった。それを蒸す。


 蒸し上がった瞬間、広間に香りが広がった。


 赤ワインを煮詰めたソースを、黄金の毬の上からかけた。深い赤褐色が、黄金の糸の隙間を伝って皿に広がる。


 ガストフの目が、その皿に釘付けになった。


 王が静かに箸を伸ばした。一口。


 王の動きが止まった。錦糸卵の繊細な甘みが、肉の旨みを柔らかく包んでいる。蒸された肉だねはどこを噛んでも同じ密度で、噛むたびに肉汁が均一に溢れ出す。そこに赤ワインソースの深みが重なり、卵と肉と酒が一つの味になっていく。


「……続けよ」ではなかった。王は黙って、二口目を自分で取った。


 ガストフは自分の皿を見つめたまま、箸を置いた。


 黄金の毬が並んでいる。錦糸カッターで切った糸が、均一に、美しく、肉を覆っている。姉が二十年かけて磨いた技術が、一引きで形になっている。自分が「小物など相手にしない」と吐き捨てた者の用いた道具が、今、王の前で最高の料理になっている。


ガストフは、黄金の毬を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 だが、香りが来た。


 赤ワインと肉汁と、錦糸卵の甘い蒸し香りが、鼻腔を直撃した。三十年、厨房の端に立ち続けてきた体が、勝手に反応した。手が、箸を取っていた。


 一口、運んだ。


 ――止まった。


 錦糸卵の繊細な甘みが、最初に来た。次に肉汁が溢れた。どこを噛んでも同じ密度で、同じ旨みが出てくる。赤ワインソースの深みが最後に舌の奥を締めて、全部が一つの味になって喉を落ちていく。


 ガストフは二口目を食べた。三口目を食べた。止められなかった。

 皿が空になった時、ガストフは自分が食べ切っていたことに気づいた。


「……私は」


 声が、漏れた。


「この三十年、何をしていたのだ」


 誰も、何も言わなかった。広間が静まり返っていた。


 ガストフは空になった皿を見つめたまま、それ以上何も言えなかった。


---


 五品目、デザートのプリン。


 【プリン型・二個セット】から解き放たれたそれは、濃密な琥珀色のカラメルを纏い、皿の中央で誇らしげに鎮座した。


 表面には気泡一つなく、鏡のように滑らかな曲面が周囲の光を反射している。ぷるり、ぷるりと、生命の鼓動のように震えるそれは、見る者の魂を揺さぶった。


 硬い卵こそが戦士の糧と豪語していた騎士団長ボルドーの前に、その「柔らかき極致」が置かれる。

 ボルドーが忌々しげにスプーンを突き立てた。だが、抵抗はなかった。


 口に含んだ瞬間。

 それは体温で雪のように融け、濃厚な甘みとカラメルのほろ苦い余韻だけを残して、消えた。


「……っ!」

 ボルドーの巨躯が、激しく震えた。

「こんな……こんな脆いものが……これほどまでに、心を打つのか……っ!!」


 あの日、卵タイマーを蹴り飛ばした自らの無知を恥じるように、彼は一心不乱にスプーンを動かした。空になった皿を前に、彼はしばらくの間、顔を上げることができなかった。


---


 王が静かにスプーンを置き、深い沈黙が広間を支配した。

 

「ガストフ」


 王の鋭い声が響く。


「……は、はい」


「この者を追放したのは誰なのだ?なぜ追放したのだ?」


 ガストフはそれに答えられなかった。ただ床を見つめた。


「シュウよ。よくぞ戻った」


 王のその言葉に、広間にいた全ての重鎮たちが深く頭を垂れた。ボルドーの、そしてアルゼインの、誇り高き首が折れる。エルナは傍らで静かに目を閉じ、この瞬間を胸に刻み込んだ。


 追い詰められたガストフが、震える声で一歩前に出る。


「シュウ殿……! ぜひ、王宮料理長の下で、その腕を……! 待遇は望みのままに、最高級の食材と、王宮の全権を約束しよう……っ!」


「結構です」


 シュウの返答は、あまりに冷ややかで、あまりに速かった。


「なぜだ」と王が問う。


「――私は一度、この国に『ゴミ』として捨てられた身ですので」


 その言葉に含まれた重みに、広間は墓場のような静寂に包まれた。怒りでもなく、復讐心でもなく、ただ「自分を必要としない場所には居ない」という、一人の職人としての矜持。


 王はゆっくりとガストフを見下ろした。シュウの追放を隠していたことなど、王にはとうに知らされていた。


「ガストフ。明日からお前は余の食事を用意する必要はない。沙汰は、追って下す」


 ガストフの膝が折れ、三十年の栄光が音を立てて崩れ去った。自らが種を撒き、自ら育て上げた破滅。彼はよろめきながら、誰にも見送られることなく広間を去った。


(この国はまだ知らない。100円の道具がもたらす、真の変革を)

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