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「その黄色いゴミ箱を持って消えろ」と100均卵料理グッズを見下して追放した王国が、一年後に俺を呼び戻すまでの話  作者: 藍帽


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琥珀の餡と、王都の門

 その夜の宿で、シュウは一通の書状を開いた。

 革の封筒に収められていたのは、たった一枚の羊皮紙。記された言葉は簡潔だが、一行ごとに放たれる威圧感は重い。


 要約すれば、それは「呼び出し」だった。

 差出人は王宮料理長ガストフ。内容は、王陛下がシュウの料理を所望しており、王都へ到着次第、登城せよというものだ。


「……どうするつもりですか」


 傍らで様子を伺っていたエルナが、硬い声で尋ねた。


「行きます」


 シュウの返答に迷いはなかった。


「あなたを追放した側の呼び出しですよ? 罠かもしれませんわ」


 ベアトリーチェが扇子を口元に当て、鋭い視線を向ける。だが、シュウは羊皮紙を静かに折り畳むだけだった。


「陛下が食べたいと仰っているなら、作りに行くだけです。それに――」


「それに?」


「旅に出てから、良いことの方が多かったですから。ガストフに対しても、今は特に怒りはありません」


 復讐ではなく、ただ職務として応じる。その淡々とした態度に、二人は顔を見合わせた。

 三人は翌朝、決意を胸に王都へと足を踏み入れることにした。


---


 聖王都グラン=エッグ。その巨大な城門をくぐる直前、エルナが不意に足を止めた。


「……シュウ様。一つ、お伝えしておくことがあります」


 振り返ったシュウに対し、彼女は意を決したように告白した。


「私は最初から、王都に戻るつもりでした。教会上層部の腐敗を告発しようとして返り討ちに遭った……その件に、まだ決着がついていないのです」


「知っていました」


 シュウの言葉に、エルナは目を丸くした。


「……気づいていらしたのですか?」


「なんとなく。エルナが言いたい時に言えばいいと思っていました。だから、聞きませんでした」


 エルナはしばらく絶句し、やがて小さく微笑むと、祈るように声を落とした。


「……一緒に行って、いただけますか」


「もちろんです」


 隣でベアトリーチェが華やかに扇子を広げた。


「わたくしも参りますわ。父に話を通せば、腐敗した教会相手でも強気に動けますわよ」


 三人の足取りは、門をくぐる前よりも心なしか軽くなっていた。


---


 王都の石畳は、街道とは比べものにならないほど緻密に敷き詰められていた。

 ひしめき合う荷馬車、行き交う群衆、響き渡る商人の声。大都市特有の熱気と、権力が醸し出す特有の重圧が肌を刺す。


「一人、挨拶しておきたい奴がいます」


 ロジスの家は市場の喧騒から一本入った路地裏にあった。

 シュウが古びた扉を叩くと、一人の男が現れた。かつての同僚は、シュウの顔を見ると、動きを止めた。


「……生きてたのか」


「生きてたよ」


「追放されたと聞いた時は、さすがに野垂れ死んだと思ったが」


 ロジスは鼻を鳴らして「入れ」と顎で促した。

 短く刈った黒髪に、日に焼けた精悍な顔つき。その手首には、魔導炉を長年扱ってきた者特有の火傷跡がある。王宮で魔道具師として切磋琢磨していた頃から、彼は常に炎の側にいた。


「王宮を出てから、ずっとここで魔導炉の研究を?」


「ああ。魔導炉を使った調理の可能性は、まだまだ広い。だけど『卵』はそのまま入れると爆発しちまうってことで、避けられがちだ。ふふっ、でもな……一つ、形になった」


 ロジスは自信に満ちた表情で、厨房へとシュウを誘った。


---


 ロジスが魔導炉の前に立つ。

 耐熱容器に卵三個と生クリーム、塩を一さじ。手早く混ぜて炉へ入れる。設定は「低温・均一」。魔導回路が刻む微細な振動音が響く。

 やがて取り出されたのは、美しい楕円形の塊だった。


「……魔導オムレツだ」


 表面には気泡一つなく、均一な薄黄色が光を反射してふるりと震える。


「魔導炉なら、毎回この完璧な仕上がりを再現できるぜ。これが一つの答えになると思う」


 シュウは器を受け取り、箸を入れた。吸い込まれるように刃が通り、一切の抵抗なく口の中でほどける。素材の味が、雑味なくストレートに突き抜ける。


「美味い。温度管理の極致だ」


「だろう」


 ロジスが満足げに腕を組む。だが、シュウは静かに鞄から「それ」を取り出した。


「それなら――もう一段、先を見てみるか?」


---


 取り出したのは、なめらかな質感のジャム瓶のような白い容器。それは、大きめの容器と蓋、そしてその中の少し小さい容器で構成されていた。この世界の素材とは明らかに異なる弾力を持っている。【かに玉マスター200】。


「……なんだ、その妙な道具は」


「まあ、見てなよ」


 まずは、大きな容器に黄金色の生卵を二つ割り入れる。そこに琥珀色の輝きを放つごま油をひと垂らしし、鮮やかな赤が映えるカニカマを四つ、手で裂きながら放り込んだ。かき混ぜるたび、卵液は空気を含んでとろりと艶を増していく。

 続いて、小さな容器には餡の「素」を仕込む。水、料理酒、醤油、酢、そして砂糖。片栗粉だけは後入れにするのが、シュウの流儀だった。


 三つのパーツを合体させる。土台となる卵液の容器の上に、黄色い蓋を介して餡の容器を重ねる。魔導炉の扉が閉まり、温めが始まる。三分間。


 チン、という音と共に、。扉を開けると、湯気と共に芳醇なごま油の香りが立ち上った。

 加熱された小さな容器に片栗粉を加え、素早くかき混ぜる。仕上げに少しの再加熱を施せば、さらさらとしていた液体は、宝石のように透き通った「琥珀餡」へと変貌を遂げた。


 大きな方の容器から、どんぶりの白米の上へと移された卵の塊は、ふっくらとした山を形成している。容器の底に施された小さな突起のおかげで、卵は形を崩すことなく、スルリとその身を解き放ったのだ。


「この形に意味があるのか?」


「まずは一口どうだ?」


 ロジスは箸を取り、山を割った。内側まで均一に火が通り、どこを食べても同じ、至福の口溶けが襲いかかる。


「うまい……火の通り具合は同程度だな。だがシュウ、お前がそこまで言うんだ、これで終わりじゃないんだろ?」


「まあね。これがその『先』さ」


 シュウが、先ほど作成した「琥珀餡」を山の頂点からかけた。

 とろりとした液体が、重力に従ってゆっくりと滑り落ちる。曲面を伝い、薄い膜となって全体を包み込み、器の縁で海を作る。

 醤油と出汁の香ばしい香りが、熱気と共に爆発した。


「……食べてみなよ」


 ロジスが、あんをたっぷりと絡めて口に運ぶ。

 

――衝撃が走った。

 卵は同じだ。炉も同じだ。なのに、あんが加わった瞬間に、それは全く別の「宇宙」へと変貌した。

 塩気が卵の甘みを引き立て、出汁の旨みが飯の粒一つ一つに染み渡る。飲み込んだ後も、温かな余韻が喉の奥を愛撫し続けた。


「……『あん』をかけるという発想が、なかった」


 ロジスが箸を置き、自分の魔導炉を、そしてシュウの容器を見つめた。


「俺は温度の制御だけを考えていた。だがお前は、容器の形、そして『重なり合う味』の工程までを計算に入れていたのか」


「まあね」


 ロジスは少しの間を置き、短く笑った。


「今回は一本取られた。……、次は負けん」


 その目は、かつて王宮で共に競い合っていた頃の、情熱的な技術者のそれのままだった。


「やっぱりロジスだな。勝負の前に会えてよかった」


「なんだ?俺は前座か?ケッ!せいぜい健闘を祈るぜ。」


 そういいながらロジスが片手のこぶしを構えた。そのこぶしに自分のこぶしを合わせながら、シュウは思った。


(この国はまだ知らない。100円の道具が持つ、真の価値を)


---


 その夜。宿に戻ったエルナが、静かに語りかけた。


「……明日、いよいよ王宮ですね」


「ええ。ガストフはあなたを追放した張本人。何が待ち受けているか分かりませんわ」


 ベアトリーチェも表情を引き締める。


 だが、シュウはすでに目を閉じていた。

「陛下が食べたいと仰っているなら、作りに行くだけです」


 明日が来る。王宮が待っている。

 ただそれだけのことだと、彼は静かな呼吸を繰り返していた。

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