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「その黄色いゴミ箱を持って消えろ」と100均卵料理グッズを見下して追放した王国が、一年後に俺を呼び戻すまでの話  作者: 藍帽


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朝食と、旅の続き

 翌朝、王宮が深い眠りについている頃、シュウは一人で目を覚ました。

 豪奢な客間を出て、静まり返った廊下を歩く。向かったのは、昨日までの喧騒が嘘のように静かな厨房だった。


 シュウは慣れた手つきで火を起こし、米を炊いた。

 取り出したのは、やはりあの【たまご溶き名人】だ。白いリングを軽やかに動かすこと十秒。完成した黄金の液体を、炊きたての白米へと注ぎ、醤油をひと回しする。


 究極の卵かけご飯(TKG)。

 追放されて三日目、道端の木陰で二人ですすったあの一杯と、何一つ変わらない。道具が正しければ、場所が王宮であろうと路傍であろうと、100円の合理性は常に「正解」を導き出す。


 一口、食べる。

 美味い。あの日と、全く同じ味だ。

 だが、何かが決定的に違っていた。味が変わったのではない。それを受け止める自分自身が、この旅を通じて変質していたのだと、シュウは今日初めて自覚した。


---


「……おはようございます、シュウ様」


 厨房の入り口に、エルナが立っていた。

 追放令が解け、自由の身となった今も、彼女はあの旅の汚れが染み付いた聖女服を纏っている。


「おはようございます、エルナ。……食べますか」


 シュウが差し出した碗を、エルナは愛おしそうに受け取った。一口食べると、彼女の細い肩からふっと力が抜ける。


「……美味しいです。本当に」


「そうですね」


「最初にこれをいただいた時のことを、思い出します。その前日でした。茂みから這い出て、泥だらけで……。あの味付け卵は忘れられません」


 エルナが自嘲気味に笑う。


「ひどい状態でしたね、あの時は」


「……失礼ですよ。でも、事実ですね」


 エルナは再び、ゆっくりと、一口ずつ咀嚼した。


「翌日いただいた、たまごかけご飯のおいしかったこと。でも、不思議です。あの時と同じ味なのに、どこか違う気がします。……旅には王都へ戻れるかもという打算と、卵が目当てで付いていっただけでした。それだけだったんです」


「知っていますよ」


「……今は」


 エルナの手が止まった。碗を見つめたまま、その頬がみるみるうちに朱に染まっていく。


「今は……卵じゃないものも、目当てになってしまいました」


 シュウは、手を止めて彼女を見た。

 自分の言葉の重みに、今さら気づいたような顔をして、エルナは真っ赤な顔でシュウを射抜くように見つめ返した。


「……言いましたよ、今。わたしは」


「聞こえました」


「……聞こえましたか」


「ええ。はっきりと」


 エルナは意を決したように碗を置き、膝の上で拳を握りしめた。


「……シュウ様は、どうなんですの。わたしのこと、どう思って……」


 シュウは少しの間、思考を巡らせた。

 昨日の謁見の間で、彼女の横顔から目が離せなくなったこと。胸の奥で、100均道具の合理性では説明のつかない鼓動が鳴り響いたこと。その答えは、既に出ている。


「……あなたが隣に来てくれて、本当に良かったと思っています」


 エルナの瞳が揺れた。


「それだけ……ですか?」


「それだけではありませんが」


「では、その先は?」


 シュウは静かに立ち上がり、彼女の正面に立った。


「続きは、旅の途中で伝えます」


「……っ! なぜ、今じゃないんですか!?」


「厨房で言うような言葉でもないので。……それに、私たちの旅はまだ続くのでしょう?」


---


「あら、お熱いことですわね」


 厨房の入り口に、ベアトリーチェが立っていた。

 二人の空気感を一瞬で悟り、彼女は満足げに、だがどこか寂しげに扇子を開いた。


「……朝食は、後回しにいたしますわ。お二人で存分に『隠し味』でも話し合っていらして」


 扉が閉まり、廊下にベアトリーチェの高笑いと扇子の音が響いて消えた。


---


 昼前、三人は王宮の重厚な城門を後にした。

 石畳の道の先には、まだ見ぬ世界が、まだ見ぬ食材と道具の可能性が広がっている。


 エルナが、自分の服の裾をそっと撫でた。


「この服はもう、教会のものではありません。わたくしが、シュウ様と歩くための旅装ですわ」


「ええ。よく似合っています」


「……次は、どこへ行きますか?」


「どこへでも。エルナが向かいたいと思う方向へ」


 シュウが二、三歩先を行き、振り返る。足を止めたエルナが、潤んだ瞳で彼を睨んだ。


「……今の、プロポーズのつもりですか?」


「違いますよ。……言ったはずです。続きは、旅の途中でと」


 エルナは両手で顔を覆い、それから弾けるような笑顔を見せた。


「……本当に、意地悪です、シュウ様は!」


「そうですか?」


「そうです!!」


 後ろで見守るベアトリーチェが、可笑しそうに肩を揺らした。


「しばらく同行させていただきますわよ。……旅というものは、遠回りの方が面白い。最近、ようやく教えられましたから」


---


 街道の入り口。シュウは一度だけ足を止め、広大な地平線を見据えた。


「この国はまだ知らない。100円の本当の価値を」


 隣に並んだエルナが、誇らしげに胸を張る。


「……わたしは、知っています。最初から、ずっと」


 シュウは隣の少女を見た。

 昨日までとは違う、確信に満ちた絆がそこにはあった。


「……あなたが居てくれて、良かったです」


 エルナは、また頬を赤くして、小さく、だが力強く応えた。


「……わたしも。……わたしも、です」


 道はどこまでも続いている。

 三人の足音は重なり合い、新しい物語の鼓動となって、未知の空へと響いていった。


(完)


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。


他にも短編、中編、長編 取り揃えておりますので、よろしければそちらもご覧ください。

(まだあんまりないですが)

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