向き合うために
さくら薬局を出て、目的もなく歩く。春の右手には、包帯が巻かれている。
「俺達、家出という扱いになるのかな」
千博がつぶやくように尋ねる。
「家出って子供じゃないんだから。千博は童顔だから、一人で歩いてたら迷子扱いで補導されるかもしれないけど」
クスっと結人が小さく笑っているのが横目に見えて多少イラっとはするが、確かに実年齢よりも幼く扱われることは幾度もあったので、否定は出来ない。
この容姿は、千博としてはコンプレックスでもあった。
「……やっぱ俺って罪深い男だよね」
「え、なんの話?」
「子犬系でかわいくて、頭も良くて」
「自分で言うなし」
「その上、老舗呉服店の跡取り息子。出来過ぎ君だなって」
「はいはい、カッコイイ、カッコイイ」
お手本のような棒読みで春が返す。
「探されてるのかな、俺達」
「どうだろう。心配すらされてないんじゃない」
「逃げたってバカにされるだけか」
あの両親が “心配” なんてするはずがないと春は思った。溺愛していた息子・薫が手元からいなくなって負った母の傷は、さらに加速させてしまっているかもしれない。でもそれは“心配”ではなく“恐怖”だ。
父は世間の目を気にして、春を探そうなどとはしないであろう。薫の件も、知っている人はごくわずかの身内だけで、社員達も知らないはず。待っていれば戻って来る確率の高い娘の暴走など、世間に知られて自分達の信用がこれ以上落ちることを不安視しているに違いない。
そんなことを考えているうちに、隣を歩く結人が、ボソッとつぶやいた。
「……逃げましょう」
「ん? 何か言った?」
千博が春に尋ねる。
何か、結人らしくない言葉が聞こえた気はするが……。
「もちろん一時的に。生まれる場所は選べなくても、生きる場所を選ぶ権利が私たちにはあるんですから、逃げるんです。置かれた場所と向き合うために」
逃げ道ではなく、向き合う方法を探しに行くのだと、かつて兄・薫が言っていた言葉が浮かんで、春の心にズキっと痛みが走った。
大きな広場の横を通る。黄色いラナンキュラスが咲く丘で、子供達が無邪気に鬼ごっこをしている。
「……ねぇ俺達ってさ、周りからどう見えてるんだろう」
「今度はなに?」
スーツの男性と、ラフな格好をした若い男女。人々が忙しなく行き交う平日の昼間に、こんな3人組がいたとてどうとも思われてはいなさそうだが、千博には何か思うところがあるようで。
ふいに春と場所を入れ替わると、真剣な瞳で結人を見つめる。
「……?」
何のつもりか、結人にはわからなかった。が、その瞳がいつもの甘える子犬に変わっていくのはわかった。嫌な予感。
「結人さん!」
「けっ……」
「結構しないで。ちょっと付き合ってくれません?」
言い終わる前に千博に遮られる。何かを企んだような目。……嫌な予感だ。
* * * * *
平日でも街中の交通量はかなり盛んで、信号で止まっている間に周りを観察する余裕がかなりある。
覆面パトカーを運転する藤野が、キョロキョロと横断歩道を渡る人達を見渡す。
「おい、青」
「あ、すみません」
運転席に藤野。助手席に志田。という配置だ。
「執事ってことは、スーツ着てるんですかね? 大学生の男女と、30歳のスーツの男性。別に不思議な組み合わせではないですけど、案外目立ちそうだなって」
会社員であろうビジネススーツを着た人はちょいちょい見かけるが、ほとんどが一人か似たような格好のグループで、私服とスーツの組み合わせはあまり見かけない。
「常盤健一はスーツで出て行ったと証言はしていたが、どうだろうな。執事はスーツを着てるって、それもドラマのイメージ?」
「はい。本来はタキシードですけど、さすがに今時はスーツかなと」
冷静に考えれば動きづらそうだとは思うが、藤野が見ていた漫画の世界のようにお嬢様の命が狙われて戦うような場面でもなければ、正装として綺麗めなスーツなのではないかと予想するけれど、どうだろう?
「だが俺たちも『警察なのに制服じゃないんですね』ってたまに言われるだろ。それと同じで、スーツだとは限らないんじゃないか?」
警察官と刑事は別ではあるが、確かにそこを混同している人も一定数いる。
「なるほど。そしたら私たちは一般市民に溶け込むように覆面で走っているわけですし、柊結人が覆面執事状態だったら、手間取りそうですね」
しかも乗っている車も一見パトカーではない。パトランプは犯人を追うさいにいつでも稼働できるように、助手席の足元に装備されている状態だ。
「私服だと思うけどな。柊が本当に誘拐犯なんだとしたら、なおさら」
追う方も逃げる方も、目立つことは嫌う。例え普段はスーツを着ていたとしても、だからこそ真逆の姿になって見つからないように動くというのは、よくある動きだ。柊結人が “逃げている” のだとしたら。




