変身
とあるアパレルショップ。
試着室のカーテンが何度も開き、その度に雰囲気の違う服を着た結人が姿を現す。
千博は「違う!」「次!」などと、結人を見ては職人のように判断を下していく。
「せっかくならもっと垢ぬけた感じにしたいんだよなぁ。春、どんなのが良いと思う?」
春は苦笑いをして首をかしげる。
千博はひとつのことに集中をしだすと、周囲の声が聞こえなくなるタイプだ。
試着室から聞こえる結人の困惑の声など、店内のBGM以上に聞こえていないであろう。
「結人さん、すみません。昔から、こう!と決めたら最後まで行動しないと気がすまない人で……」
「いえ、むしろ私のために申し訳ないくらいなのですが」
店の奥で「これだ!」という元気な声が聞こえ、足音が近づいて来る。
「もうさすがに最後にするんで、これで!」
結人に服を手渡し、春のほうへ振り返った千博の顔の楽しそうなこと。
「春は、何か気になる服とかないの? 買ってあげるよ?」
「気前がいいのは結構なことで。そもそも大半はお小遣いでしょ。無駄遣いはやめなよ?」
「今だからこそ使いたい気分なの」
「結構です」
「それ禁止な」
ふふっと笑って、ふと店内を見渡す。
ショーウィンドウに赤い靴が飾られているのが見えて、吸い寄せられるように近づく。
思い出す。過去の、記憶を。
「ねぇ、千博」
「お呼びですか。お嬢様」
「『赤い靴』っていう童謡、知ってる?」
「ん? 赤い靴 はいてた 女の子~♪ ってやつ?」
「そう。小さい頃、その続きを間違えて覚えてて」
『赤い靴』という童謡の歌詞はその後、
「異人さんに連れられて 行っちゃった」と続く。
春はそれを、
「ニンジンさんかひい爺さんだと思ってて、薫によく笑われてんだよね」
「あの歌って実際結構怖いと思うけど、ひい爺さんだったら平和だわ。だたの身内じゃん」
「あはは。そうだね」
薫のことをどこまで踏み込んでいいものか、千博にはわからない。
薫が消息を絶ってから、明らかに春の元気がないことだけはわかるが、その心の隙間を埋めるヒントさえ浮かばなかった。
「……あのさ」
「あ、結人さんが」
千博が何か声を掛けようと決心したその時、試着室のカーテンが開き、店員の「お似合いです」という言葉が同時に聞こえた。
いつものお堅いスーツとは違う、爽やかなシャツ姿の結人が立っている。
「前から思っていたけど、結人さんってスタイル良いですよね」
そう結人に言うと、千博は店員に「これ、このまま着て行ってもいいですか?」と尋ねる。
結人が小さく放った「ありがとうございます」という声は、またしても届いていない様子。
レジに向かう千博を見て、結人が声を掛けようとするが、その雰囲気を察した千博に「俺が誘ったんで」と止められる。その一連の流れが、なぜだか春には微笑ましく感じられた。
* * * * *
店を出て、再び目的もなく歩き出す。
「なんかすっごい違和感。結人さんじゃないみたい」
心なしか歩き方がぎこちない結人を、春が不思議そうに見上げる。
「ねぇ、結人さん。俺らに敬語使うのやめてみません?」
また何かを企んでいるような無邪気な顔で、千博が提案する。
「なんのために……」
「おっ、その調子!」
何がしたいのか、という顔で、結人が千博を見る。
「あと結人さん、笑ってみません?」
春が小さい頃の記憶では、結人はよく笑う人だった。テストで良い点を取った時も、運動会のかけっこで一番になった時も、結人さんは自分のことのように、いつも笑って褒めてくれた。薫とも楽しそうに話す姿を見たことがある。それなのに……結人の笑顔は封印されてしまったのは、いつ頃からだっただろうか。
「いいね! 結人さん、スマイル!」
「なん……」
なんのために、と結人が再び言おうとした時、後ろ向きで話しながら歩いていた千博が電柱に頭をぶつけた。
「いてっ!!」
「危ない! だから前向いて歩けって言ったのに。自業自得だね」
あれ……。いつもなら先回りして千博をサポートしに入りそうな結人が、来なかった。
不思議に思い、春と千博が結人のほうを見ると、眉毛をへの字にして微笑んでいる。
ぎこちなさはあるが、かつて春が好きだった、結人の笑顔の片鱗がそこには見える。
その顔を見て、何かの糸が切れたかのように、春と千博が笑う。
楽しそうに笑い合う3人は、行き交う人たちの目には、どう映っているのだろうか。
* * * * *
夕方。少しずつ日も落ち始めている中、志田と藤野がトキワ食品の近隣の住宅に聞き込みをして回っている。
「千代田警察です」
志田がインターホンを鳴らすが、大概の家は音沙汰がない。
「トキワ食品に行くんじゃないんですか」
ため息をつきながら、藤野がポストに名刺と目撃証言を集めるための説明書を投函していく。
「トキワ食品では今、裁判所の執行官が対応中。俺達が追加されたらパニックを助長させるだけだ」
「何の連絡もないですけど、本当に探してほしいんですかね」
「桜井」と表札の出ている家のインターホンを押す。
「千代田警察です」
* * * * *
「こわ……」
家の中にいる50代くらいの女性、インターホンに映る警察手帳を見せる志田の顔を見て驚き、画面から離れる。
* * * * *
「出ねぇな……」
「顔が怖いんですって……。私やりましょうか」
「こういうのは顔面が大事なんだ」
「出てもらえなかったら意味ないですよね」
ポストに名刺等を投函し、次の家へと向かう。




