歪み
「捜索対象者は3名。常盤春と柊結人」
志田が写真つきの資料を机に並べる。
「うわ! 柴田理人っぽい!」
柊結人の顔を見た藤野の声が、また一段と高く跳ねあがった。
「あ、すみません。『メイちゃんの執事』の(登場人物です)」
再びジェネレーションギャップという名の風が通過したのを感じて、志田は続ける。
「それから、呉服店『白椿』の跡取り息子・水沢千博」
「常盤春とは幼馴染。なんか、本当にドラマ見てるみたいな相関図ですね」
事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。
* * * * *
昼下がりの街中。
春の手を掴んで、結人は目的もなく走っていた。スーツの男性とラフな格好の少女。端から見たら、どんなふうに見えるのだろう。2人にはそんなことを考える余裕はない。
ふと結人が足を止める。
「……!」
我に返った春が、結人の手を振り払った。
「あ、申し訳ございません……」
「いえ……」
気まずい、間。結人の視線の先で、誰かが走って追いかけて来るのが見える。
「ちょっと! さすがに靴は履きましょうよ」
春が振り返ると、両手に靴を持ち、息を切らせた千博がいた。
「……こっち、お父さんの」
右手に持った黒のスニーカーは、結人のものではない。
休日によく父が履いているものだ。
「あ、そうなの? ……ヤバかったかな」
千博が苦笑いをする。その顔を見て、結人と春の緊張の糸がプツンと切れた音がして、2人も久々に笑えた気がした。
「ありがとうございます」
結人はいつも通り丁寧にお辞儀をすると、あたりを見渡して近くのベンチに春を誘導して座らせ、靴紐を結んでやる。
「で、どういうつもりですか?」
奇妙なほど落ち着いた声で千博が尋ねる。
勢い余って飛び出してきたものの、結人には何かプランがあるわけではなかった。
「まずは、春さんの傷の手当てを」
「そうじゃなくて!」
「わかってる」
結人に結んでもらった靴紐を見つめながら、春が発言する。
「ありがとうございます。結人さんが止めてくれなかったら私、割れた花瓶、あの人に投げつけてた。……戻らないと。お母さんが心配」
と、立ち上がった春の前を塞ぐように結人が立つ。
「……今は、戻らないほうがいいかと」
真剣な表情と声に、春と千博は頭に「?」マークを浮かべて目を合わせた。
* * * * *
千代田警察署・生活安全課。
志田と藤野が捜査資料を広げている。
「柊結人は12年前、都内の高校を卒業後トキワ食品に就職。父親は大学の英語講師だったが、柊が中学の時に病気で他界。母親はお嬢さん育ちで金遣いが荒く、生活は困窮するばかり」
トキワ食品に提出された履歴書には、怖いほどびっしりとアルバイト歴が記されている。
「遺族年金は支給されていたものの、実質、柊結人が家計を支えていたようだ」
* * * * *
街中。さくら薬局。
薬剤師の女性(桜井)が見守る中、長椅子に座る春の隣に座って結人が包帯を巻いている。
さすがは執事といったところか、その手つきは驚くほど手慣れている。
「キツくないですか」
「うん。大丈夫」
桜井は思わず拍手をした。
「すごい。あなた包帯巻くの上手ね。何かあればお手伝いしようと思ったけど、私より上手かもしれない」
結人は高校の頃、学童保育指導員としてアルバイトをしていた経験がある。
その頃に、簡単な怪我の処置はひと通り学んだ。
「利き手だったらしばらくはつらいと思うけど、なるべく安静に、水に濡れるのも避けてね」
「わかりました」
と、春が答える。結人は立ち上がって、軽くお辞儀をする。その姿を見て、千博もお辞儀をした。
3人で薬局を出る。この突発的な行動が誘拐事件として捜査対象になっていることは、まだ知らない。
花言葉が好きで、登場人物にもそれぞれ、勝手にイメージ花を設定して書いています。
名前に花関連の文字が入っている人もいますが、花言葉を由来とした言動になっている人物もいます。
筆者の自己満なので、だから何だ、という感じではありますが……ここで一部ご紹介。
【常盤春】
紫の薔薇「気品」「誇り」
【柊結人】
ヒイラギ「あなたを守る」「用心深さ」
【水沢千博】
ラナンキュラス「晴れやかな魅力」「光輝を放つ」
【常盤薫】
赤い薔薇「情熱」「愛情」
【志田竜胆】
リンドウ「勝利」「正義感」
【藤野芽吹】
藤「優しさ」「忠実」




