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第1話 幼馴染みと書いて腐れ縁と読む二人。


 俺と言う人間を言葉にするなら、平凡だとか、普通だとか、そういうありきたりなものがしっくりとくるだろうか。

 モブだとか、背景だとか、脇役だとか、俺はそういうチョイ役ポジションのほうが居心地がいいのだ。

好き好んでヒーローだのなんだのにはなりたいと思わないし、なれるとも思っていない。

 つまり、凡人はどう足掻いたって凡人なのだ。

 

現実は非情であるがしかし、それがいちばんの幸せだとは思わないだろうか。トラブルもなく、目立たず、騒がず、毎日を「ああ、平和だなぁ」なんて考えながら生きていくことが俺の理想なのだ。将来は田舎でのんびり暮らしたい。



 だがしかし、悲しいかな。現実はやはり非情である。

俺はただただ平和に暮らしたい、あわよくば彼女なんか作っちゃったりしたい、なんて、当たり前のことを願っているだけなのに。




ごしゃあッ。

 ボディーに正拳突き!かぁーらのッ!!アッパァァァァア!!強烈なコンボが決まったァーッ!!不良Aは立ち上がれない!

 ああっと!不良Bの羽交い締め攻撃だッ!セコい!セコいぞ不良B!!だがこれじゃあ動けない!どうする!?

 あ…ああーッと!!な、なんて綺麗な背負い投げッ!!これは痛ァい!!

 おおっとォー!!今度は不良C&Dがタックを組んできた!!なんて息がピッタリなんだこいつらはァーッ!左右から怒りの拳が迫るッ!!これは避けられないッ!!ここでリタイアかァーーーッ!?



……スッ。

ごしゃっ。

ばたーん。


 普通に屈んだら両者、おたがいの拳を顔面に食らってノック・アウト。青春のクロスカウンターと言う名の自滅である。

 

河川敷にはこれで計4人の不良たちが転がってるわけだ。彼らが戦意喪失していることを確認し、制服についた汚れを軽く叩いて落とす。

 振り返った先を見て、思わずため息を溢しては、先程から思っていた言葉を吐き出した。



「お前さっきからうるせえ」

「ゆるしてにゃん♪」

「あーはいはい、かわいいかわいい」

「心にも思ってない台詞を吐くんじゃあないッ!!」

「めんどくせ」

「せめて歯に衣着せろ!!」



 あー、ほんとこいつめんどくっせぇ。

 やれやれと言わんばかりの溜め息をつけば、そいつは俺の側まで寄ってきては、俺の腹筋にパンチを入れた。だがしかし、唸る拳から放たれたそれに効果音をつけるなら「ぺにょん」といった感じの貧弱パンチだった。俺を殴ったご本人が一番痛そうだ。

 「かったい!腹筋かっったい!!」と叫びながら地面でのたうち回っているそいつの前でしゃがみこめば、わざとらしいくらいに弱々しく顔を上げる。



 そうすれば、ルビーでできた瞳と、俺の真っ黒な目とがかち合った。

それほどまでに透き通った赤だった。夕焼け空のように美しい赤だった。一点の濁りすらないそれは、一体何カラットでできているのだろう。

 肩口からさらりとこぼれ落ちた長い髪は、雲をそのまま当てはめたように真っ白だ。流れる川の反射によって、真白の雲は目映い煌めきを放っていた。



 それは、誰もが美少女、と口を揃えるだろう容姿だった。目を離せば、まるで新雪が溶けるように消えてしまいそうな、そんな儚げな雰囲気を纏った少女だった。

 身の丈に合わないパーカーを着こんで、校則で決められた長さにキチッと収まったセーラー服を着こなしている。今は夏だというのに、そのスカートの下には分厚いタイツまで履いていた。



 暑さのせいか、それとも、着込んだ布の熱さのせいか。雪のような頬にはわずかに赤みが差していて、それはまるで、桜の蕾が花開いたようだと思った。



 彼女の名は、愛穏(アイオン)という。俺の幼馴染みだ。生まれたときから一緒にいるので、もうかれこれ18年の付き合いになる。正直な話、今さら彼女を特別かわいいとは思っていない。人間は慣れる生き物である。



 ああ、そう、お察しの通り、愛穏は俗に言うアルビノ、というやつだ。色素が薄く、日光に弱い。俺はそれをとてもきれいだと思っている。本人には生まれてこの方、一度も言ったことはないと思う。



 なんというかこう、彼女の容姿を改めて見てみると、たしかに愛穏は掛け値なしの美少女だ。

クラスの非モテ男子共が俺に散々ブーイングを飛ばすのも分かるような、わからないような。

 まあ外っ面だけなんだけどな、可愛いのは。半日、いや数分くらい一緒にいればわかるよ、こいつのあまりの残念具合は。



 俺の残念なものを見る目を、不安の眼差しと勘違いしたのか、ほっそりとした白い指がグッ!と突き立てられた。まるで死亡フラグを立てた兵士みたいに良い笑顔だった。俺に構わず先に行けって感じの。



「こ、これしきの痛み…ど、どうってことはない…!!」

「そっか。じゃあ大丈夫そうだから俺帰るわ」

「あいや待たれぃ!!雄司(ユウジ)貴様ッ!!拙者との契りを反故にする気か!!」



 うん。

 音声さえなけりゃ美少女なんだよ。

 こいつは言動と行動で全てをダメにする奴なんだよ。黙って大人しくしていれば引く手あまたなんだよ、黙ってさえいられるんだったら。



「雄司!!貴様拙者に言ったでござろう!!今日学校に来たら放課後カラオケに連れていってくれるって!ゲーセンも連れていってくれるって約束したでござる!!あーあと駅前の本屋!!あとその隣のケーキ屋にもいきたい!!映画も見たいしー、アニメショップも行きたいしー…あ!新しくできたカフェにも行きたいでござる!」

「言っておくが俺が連れていくのはせいぜい2ヶ所だけだ」

「雄司のバカ!もう知らないでござる!」

「じゃあ俺帰るわ」

「すいません調子乗りました。反省するので一緒にマッキュンバーガーとゲーセンに行ってもらえないでしょうか雄司様」

「じゃあお前の奢りな」

「せめて割り勘にしてッ!!」



 さりげなく不良を踏みつけた愛穏の嘆きを無視して、俺たち二人はその場所をあとにした。足元からリア充滅べ、なんて涙声が聞こえた。その台詞を吐いた不良は現在、足首から上を川で洗濯されている。よーし、きれいになーれー。



「お、鬼だ……」

「悪魔かよ……」

「外道だろ……」

「鬼畜でござる……」

「なんか言ったか?」

「「「「いや、なんにも」」」」

「そっか」



 くるりと振り返れば、全員が青い顔をしながらそう答えた。ところで愛穏はいつからこの不良と仲良くなったのだろう。なんとなくそう思いながら掴んでいた足首を離すと、きれいになった不良は川に流されていった。いいおじいさんとおばあさんに拾われろよ。



**************



「なーんで雄司はこんなに不良に絡まれるんでござるか?」



 大通りから離れたしずかな路地裏に連れ込まれたものの、自分は安全地帯で高みの見物を決め込んでいた愛音の、そんな呟きを拾う。



 絡んできた不良集団のリーダーであろうイケメンヤンキーの胸倉を掴んで顔面をボッコボコにしていた俺は、振り上げていた拳を一旦止める。蓋のついたゴミ箱を椅子がわりに、ずいぶんと退屈そうに俺のスクールバッグを漁る彼女に、俺はなに言ってんだこいつ、といった感じで答えを返した。



「なんでってそりゃあ...お前がいるからに決まってんだろ」



 普段ならここまで絡まれねーよ、と付け加えると、すっかり他人事のようにふるまっていた愛穏はすっとんきょうな声をあげ、ルビーの目を何度も瞬かせていた。

 それを横目に、俺は再度拳を振りかざす。イケメンヤンキーの顔面はイケメン(笑)に成り果てた訳だがそれについて後悔はない。正当防衛の結果なのだからいたしかたないのだよ。



「…え、じゃあこの地獄絵図、拙者のせいなの?」

「お前といるとお前目当ての連中が寄ってくるんだよ。無駄に美少女だしな」

「む、無駄にってなんでござるか、無駄にって!!」

「お前ってホント、スペックの無駄遣いしてるよな」

「だまらっしゃい!…んー、でもそっかー、これ拙者のせいなのかー…拙者、てっきり雄司の顔が怖くてガタイが良いせいだと思ってたでござる。雄司ってば無駄にむきむきだし目付き悪いし」

「うるせえ貧弱モヤシ」

「なにをぉう!?この……美術部のくせにムキムキゴリラ!喧嘩番長!文化系筋肉だるま!料理上手!雄母さん(オカン)!!」

「よせよ照れるだろ」

「料理上手ってところしか誉めてないでござる。都合よく消音(ミュート)するでない」

「褒めたって今日の晩飯には手作りプリンしか付けないぜ」

「最高か!!雄母さん(ママン)大好き」

「それやめろや」

「ごめんちょ」

「プリン没収」

「そんなご無体な!?」 



 そらァ確かに俺はガチムチとはいかずとも体格はいいし、身長も百八十センチ(いまだ成長中)はあるし、目付きもちょっとばかり悪いが、普段ならこんなに絡まれないぞ。というか、絡まれても相手にしない。



 今回は珍しく、というか、「今日学校来たら放課後好きなところに連れていってやる」宣言で誘き出したこの……プリンなしの腹いせに人の携帯の中身を勝手に見ている引きこもりの貧弱モヤシがいたので、平和主義の俺は仕方なく、いやホントにね、仕方なく不良の皆さんを撃退しているわけだ。

 俺校則違反とかしたことないのになんで絡まれるんだろうね。世の中って不条理で理不尽だ。まあ全員返り討ちにできるけどな。



「うわー、雄司さんったらこんな大胆な画像を……いやーん」

「断じて如何わしいものではない。それは美術部での活動の際の資料にするのだ」

「ではこの大量に保存された魔法少女について一言」

「魔法少女が好きで何が悪い」

「開き直った!!この男開き直ったでござる!!」

「愛穏さん、フォルダに保存されていた大量のエロゲINスクショ画像について何か一言いただけますか」

「えっ?……あっ……う、うわぁぁぁぁ!!き、貴様ッ!!勝手に見たでござるなッ!!謝れええええ!!拙者の嫁であるアイアンたんに謝れええええ!!!」

「はいはい、めんごめんご」

「誠意がッ!感じられないッ!!」

「サーセェン」

「くきぃぃぃぃ!!は、腹立つううううッ!!」

「そんなことよりマッキュン行こうぜ。腹へった」

「そんなこと!?アイアンたんのかわゆさをそんなことだと!?雄司貴様ッ!!今日はアイアンたんの魅力をみっちり教え込んでやる!!」

「はいはい、愛穏はいつも通り鯖バーガーとゆず胡椒シェイクのゲテ合わせ……ンンッ、組み合わせでいいんだろ?」

「うむ!!分かっているじゃあないか雄司!くるしゅうない、よきにはからえ!」

「お前侍なのか大名なのかはっきりさせろよなァ」



 けらけらと、女らしさは(ドブ)の奥底にでも捨てたように笑う愛穏と、やれやれとため息混じりに笑う俺。

 俺が静かに暮らせる日は、トラブル吸引機、もとい騒がしい愛穏がいる限り永遠に訪れないような気がしてきたが、それは10年以上前からわかりきっていたので、いまさらどうしようもない。



 浅いため息をついて路地裏から一歩踏み出せば、先程までの静けさとは一転し、駅が近い大通りは人で溢れ返っていた。

ちょうど帰宅ラッシュの時間帯だからか、スーツを着たサラリーマンの割合が多かった。

 ビルの合間から吹いた生温く、湿気を多く含んだ風が背中に当たる。人が多いせいと、ようやく梅雨が明けたせいもあるのだろう。6月の終わりにしては、妙に暑く感じた。



 わずかに汗の浮かんだ額を拭う。横目で愛穏を見れば、さっきまでの軽い足取りはどこへやら、愛穏はとたんに静かになって、ぐったりとした様子で視線を落としていた。明らかに歩くスピードが落ちている。その様はまるで溶けかけたナメクジみたいだと思った。

 鍔広の帽子が彼女の顔を隠しているせいで表情は窺えないが、雪の髪に隠れた美少女の面は、この世の終わりのような顔を乗せているに違いない。



「ところで雄司…お主毎日遅くまでネトゲにインしているでござるが……来週の期末考査はよほど自信があると見える。補習などという時間の無駄使い……なくて当然でござろうな?」

「ゴブフッ」



 こ、こいつ……暑さでへばってた割に痛いところをピンポイントで抉ってきやがって……。しかもめちゃめちゃ良い笑顔じゃねーか。



「どうしたのでござるか雄司。まさか高校最後の夏休みを補習で食い潰す……という事態にはなるまいな?」

「なななななるわけねーだろぉ、そんなぁー」

「なにゆえ拙者と目を合わせぬのだ…さては対策など練っておらぬな!貴様ッ!拙者との夏休みをなんと心得る!」

「えっ……道端の石っころレベルでどうでもいい……」

「雄司きさま」



 脇腹をどっすどすつついてくる幼なじみが鬱陶しいです。

 だが一言物申そう。勉強なんてしなくても人間生きていけるのだ、と。漢字と足し算引き算割り算掛け算できれば日常生活はだいたいオッケーである。ルート?サインコサインタンジェントに元素記号?はて、知らんなぁ……。あ、ちなみに得意科目は体育と家庭科と美術です。あれ、詰んでんじゃねこれ。補習フルコースにまっしぐらじゃねこれ。



「何でも知ってる愛穏さん、すいませんがお助けください」

「むっふーん!仕方ないな!この何でも知ってる愛穏さんが助けてしんぜよう!」



 高校最後の夏休みをエンジョイするために背に腹は代えられない。隣の愛穏に軽く頭を下げれば、ない胸を偉そうに張っていた。



「ではお代はこのあとのマッキュンとゲーセン全額負担に夕食(ゆうげ)のあとのプリンということで」

「おい待て、プリンは付けるが全額負担は勘弁してくれ。俺の財政に大打撃だ」

「男に二言はなし」

「くっ…!俺の少ないバイト代じゃサマーシーズンを乗りきれねえ…だが夏休みの為には致し方無い犠牲だ…腹をくくるぜ」

「足りぬなら 増やせばよかろう シフト数」

「お前俺に死ねって言ってんのか?増やすけどな!」

「増やすんかーい!」

「おう、人が足りねぇって店長もぼやいてたしな。テスト終わりからならシフト増やせるぜ」



 その後は、バイト先の愚痴だとか、来月発売のゲームについてだとか、昨日のアニメについてだとか。下らない話題を交わす。道行く人は皆、愛穏を見て通りすぎていくが、彼女は特に気にしていないようだった。今期の嫁について語るのに必死だ。俺はそれに適当な相槌を打つ。口を挟む間もないほどのマシンガントークだった。



 こいつ暑いのによく喋るな、なんて思いながら歩道を歩いていると、前を行き交うスーツの群れの合間から、一人の男が歩いてくるのが見えた。



 それだけなら、なんらおかしなことはないだろう。だが今は6月の末も末、これから本格的な夏が始まるというのに、その男は上半身をすっぽりと覆うようなパーカーを纏っていた。俯き、目深に被ったフードのせいで顔は見えないものの、わずかに見えた唇はせわしなく動いている。足取りも覚束ない男は、腹についたポケットに両手を突っ込んで、こちらへ向かって歩いてくる。



 すれ違う人々は眉をしかめ、男を避けて歩いていた。俺の数歩先を歩く愛穏は、様子のおかしい男に気がついていない。上機嫌で自身の嫁についてを語っている。このまま進めば、彼女とあの男はすれ違うだろう。



 それで済めばいいのだが、俺の考えすぎで済めば、それでいいのだが。

 けれどなんとなく、嫌な予感がした。何か得体の知れないものが、腹の底で蠢くような感覚がした。


 

 愛穏と男がすれ違う。



 刹那、血走った目がぎょろりとこちらを向いた。

 ポケットに仕舞われていた掌には、先の尖った包丁が握られていた。

 愛穏が男に気がついたが、彼は寄声をあげ、手にした包丁を振り上げていた。



 ほとんど無意識だった。

 男と愛穏の間に体を滑り込ませる。降り下ろされた包丁は行き先を変え、俺の胸にぐさりと刺さった。

 痛みが走って、視界の隅で赤いものが散るのが見えた。


 

 そこから先は、もうあまり、覚えていない。


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