第十二話
残酷描写があります。苦手な方は読まないようにしてください。
這いよる蔦は、人が歩く速度の二倍程の速度で近づき、獲物を絞めつけて殺す。
眠り蔦は更にその半分程の速度で移動し、誘眠効果のある花粉を吹き付ける。
幻惑蝶は普通の蝶と同じ様な大きさ、力しかないが、獲物に幻を見せる事により崖などへ誘導し、事故死した死体から血を啜る。
戦うとさえ決めれば、ゴブリンなど敵にならない。赤子の手を捻るが如く、だ。
それほど戦力に差があるが、俺の心臓はうるさく胸を叩く。
ゲームのグラフィックならそこまで心を動かす事はなかっただろう。だが、ここはすでに現実なんだ。ゴブリンにも命があり、意志があり、家族や群れがある。
その命を刈り取る事に、俺は。
命を奪った事がないなんて言わない。食事に採っているのは全て命だ。肉でも魚でも野菜でも、それは変わらない。命だからこそ糧になるのだろう。
だからこれは、倫理とか道徳じゃない。恐いだけだ。
戦うのが恐い。今まで誰かに任せきりだった、自分を生かすための戦いに加わること。
「ああくっそ…物語の主人公はなんであんなに簡単に戦えるんだよ…」
思わず愚痴をこぼしてしまったが、思いがけずナビは答えてくれた。
『その答えは多岐に渡ります』
…そうだな。理由は色々だ。わかってる。
要は、俺は覚悟が足りないだけなんだろう。
震える手を無理やり拳に固め、俺はゴブリンを殺すべく命令する。
「ゴブリンめがけ、全員移動。幻惑蝶でゴブリンを奥に誘導し、這いよる蔦で絞め殺せ」
『了解、マスター』
ダンジョンマスターの能力の一つに、ダンジョン内は全て知覚できる、という物がある。
俺は自分の寝室から遠く離れたダンジョン内を見続けた。
ゴブリンは慎重に洞窟を調べている。
天然の洞窟と同じ様に、四方を岩で囲まれた空間は、決まった広さを持たない。時に広がり歩き易く、時に狭く邪魔をする。地面のちょっとした窪みに水が溜まり、足が滑りそうになる。壁に隠れているのはいかなる生き物か。ひょっとしたら影から自分を狙っているのか。
そうした用心をしていても、ふと現れた幻惑蝶に、不意を突かれる。反応する間もなく顔の前に来た幻惑蝶は、その能力を持ってゴブリンに幻を見せる。
もう何も問題ない。
ゆっくり近づく、這いよる蔦に気づかず、正気を取り戻した時にはすでに絡み付かれていた。
必死に暴れ、抵抗するゴブリン。何かを呪うような声を発している。だが戒めはほどけず、苦しさだけが増してゆく。
やがて骨が限界を超え、折れる音がした。
苦痛の声をあげ続けるゴブリン。骨だけでなく、やがて皮がめくれ、肉が絞られ、潰れる。
悲鳴は辺りに響き続けていたが…やがて、止まった。
『ダンジョンポイントを10獲得しました』
ナビの声が俺に伝わる。
俺は初めて、殺してダンジョンポイントを得たのだ。
これが、俺の初陣だった。
気持ち悪い。




