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限界集落の終活、配信します。  作者: ふふ太郎


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10/10

第10話 春になったら外すもの

 11月最後の土曜日、直人は美咲と灯を連れて釜野へ戻った。


 アウトドア用品メーカーによるキヨへの聞き取りは、翌週に決まっている。


 だが、今週帰ってきた理由は、動画でも広告でもなかった。


 天気予報に、雪だるまの印がついたからだ。


 父の最後の5年日記を開くと、前年の同じ週に、短く書かれていた。


 11月26日、雪囲い。自宅、キヨさん。午後から雨。


 次のページには、翌日の記録があった。


 11月27日、雪囲い続き。正志さん、ミネさん。終わり。


 たった2行だが、2日分の仕事だった。


 実家へ着くと、庭の木々は、秋の終わりの冷たい風に枝を揺らしていた。


 雪の重みで潰されないよう、支柱を立て、

 枝を寄せて縄で固定しなければならない。


 雪囲いは、直人が子どものころから嫌いだった仕事の1つだ。


「パパ、これで何を作るの?」


 物置から長い支柱を運び出すと、灯が目を輝かせた。


「雪囲い」


「秘密基地?」


「木が雪で潰れないようにする囲い」


「中に入れる?」


「入れない」


 灯は目に見えてがっかりした。


 その顔に、昔の自分が重なった。


 嫌だったのは、休みの土日を丸ごと使うことだった。


 友達が家の前まで呼びに来ても、

 父は「これが終わってから行け」と言った。

 その「これ」が、夕方になっても終わらない。


 佐久間家の庭は、釜野の中でも広かった。

 何代前に植えたのか分からない木や、祖父がどこかからもらってきた低木が、

 庭の端まで何本も並んでいた。


 1本を囲い終えても、隣にもう1本ある。


 支柱を押さえていろと言われ、冷たい土の上に立たされる。

 手を離せば曲がったと叱られ、縄を取ってこいと言われれば、

 太さが違うとやり直しになった。


 春まで緩まないように縄を結ぶのは、子どもの手には難しかった。


 低い木を囲う板にも、父はうるさかった。

 間隔が広い、そこだけ狭い、上がそろっていない。

 雪の重みに耐えれば同じだろうと直人は思ったが、

 父は何度も庭の外から眺め、曲がっている板を直した。


 丁寧に作られた雪囲いは、骨組みだけでも不思議と整って見えた。


 けれど、

 直人が気にしていたのは、友達と遊べる時間がどれだけ残るかだった。


 自分の家が終わっても、近所の家へ連れていかれる。

 1日で終わらなければ、次の日も続いた。


「灯。そこ、持ってて」


 直人が支柱を渡すと、灯は両手で抱えた。


「まっすぐ?」


「もう少し右。あ、行きすぎ」


「どっち?」


「ちょっとだけ左」


「パパ、細かい」


 20年前の父も、今の自分と同じ顔をしていたのだろうか。


 直人は少しだけ言い方をやわらげた。


「そのままで大丈夫。手、気をつけて」


 掛矢を振り下ろし、支柱を地面へ打ち込む。


 鈍い音が庭に響くたび、灯が楽しそうに笑った。


 最初の3本までは、よく手伝った。


 4本目になると、灯は落ちていた縄の端を拾い、木の周りを走り始めた。


「灯、それ使うから絡ませないで」


「囲ってるの」


「何を?」


「ママ」


 振り返ると、美咲の両足に縄が2周していた。


「私も雪で潰れると思われてる?」


「ママはよく転ぶから」


「それは雪がなくてもでしょ」


 美咲が自分で言い、直人は笑った。


 昼前になると、灯は縁側に座って菓子を食べ始めた。


「もう手伝わないの?」


「休憩」


「さっきも休んでたよ」


「子どもは休むのも仕事だから」


 自分も同じようなことを言って、父を怒らせた覚えがある。


 午後になっても、庭の半分しか終わらなかった。


 枝を折らないように寄せ、縄を回す。

 強く締めすぎれば木を傷め、甘ければ雪の重みで緩んでしまう。


 低い木の周りには板を立てた。

 隙間を同じ幅にそろえ、少し離れたところから傾いていないか確かめる。


 気づけば直人も、父と同じように、1枚だけ高さの違う板を打ち直していた。


 庭の奥には、古い切り株がいくつか残っている。


 父がまだ元気だったころ、

 雪囲いをする木が多すぎると言って、自分で何本か切ったものだった。


『昔は、もっとあった。先祖はよく、こんなに植えたもんだ』


 切った日の父は、惜しそうに年輪を数えた。

 それでも、残った人が世話を続けられない木は減らすしかないと言った。


 その父も、もういない。


 直人は、縄をかけたばかりの木を見上げた。


 自分がこの家に住むのかどうかも、まだ決めていない。

 家や土地を手放すなら、

 来年には、いらない庭木として切ることになるかもしれない。


 来年切るかもしれない木を、今年は守っている。


 毎年これを続けられるかは分からない。

 それでも、この冬に折れていいとは思えなかった。


「そんな結び方では、雪降ったら抜けるぞ」


 背後から声がした。


 振り返ると、キヨが生け垣の向こうに立っていた。


 広告で着た深緑色の上着を、今日も着ている。


「見に来たなら、手伝ってよ」


「自分の家の分も終わってね」


「だったら、そっちをやらないと」


「直坊がどのくらい覚えてるか、見に来ただけだ」


「どう?」


「思ったより忘れてる」


 キヨは庭へ入ると、直人が結んだ縄をほどいた。


 枝を片手でまとめ、縄を回す。

 節くれ立った指はゆっくり動いているのに、結び目はすぐに締まった。


「父さんと同じ結び方だ」


「達郎が、おれから覚えたんだ」


「逆じゃなくて?」


「あいつは、何でも自分が最初に知ってたような顔するからな」


 キヨは新しい上着のポケットへ手を伸ばした。


 今度は迷わず、飴を1つ取り出した。


 灯が縁側から駆けてくる。


「灯。これは、働いた人の分だ」


「働いたよ」


「午前中だけだべ」


「午前中は働いたよ」


 キヨは少し考え、飴を灯へ渡した。


「なら、半分働いた人の分だ」


「飴も半分?」


「今日は1個でいい」


 灯は納得したようにうなずいた。


 キヨに教えられながら縄を結び直し、

 日が傾くころ、ようやく実家の庭が終わった。


 大小の木々が支柱と縄に囲まれ、庭の中に細い骨組みがいくつも立っている。


「やっぱり秘密基地みたい」


 灯が言った。


「これ、春になったらどうするの?」


「全部外す」


「せっかく作ったのに?」


「ずっと囲っていたら、枝が伸びられないから」


 そう答えた瞬間、昔、父に同じことを尋ねたのを思い出した。


 毎年作るのが面倒なら、外さずに置いておけばいい。


 子どもの直人がそう言うと、父は縄を結びながら答えた。


『雪囲いは、木を閉じ込めるためのものじゃね。

 冬の間、枝が折れねように支えるだけだ。春になれば外す』


 そのころは、分かりきったことを言われたとしか思わなかった。


 *


 翌朝、直人はキヨの家へ向かった。


 美咲と灯も一緒だった。


「今日は最後まで働く」


 灯は昨日もらった飴が効いたのか、軍手をはめて張り切っていた。


 キヨの庭では、すでに低い木が2本、縄でまとめられていた。


 キヨは深緑色の上着を着て、3本目の支柱を立てようとしている。


「もう始めてたの?」


「待ってる間に雪降るべ」


「だから来たんだよ。俺が打つから、押さえてて」


「曲げるなよ」


「まだ何もしてないよ」


 直人が掛矢を振り下ろし、キヨが縄を結ぶ。

 美咲は切った縄を渡し、灯は短い支柱を運んだ。


 昨日より仕事は早く進んだ。


「父さん、毎年ここもやってたんだな」


「交代だ」


「交代?」


「達郎が支柱を打って、おれが縄を結ぶ。

 お前の家が終わったら、こっちをやる。昔は正志もミネも来た」


「父さんの日記に、自宅とキヨばあの名前が並んでた」


「おれが手伝ったことは書いてなかったか」


「書いてなかった」


「あいつ、そこは書かねんだよ」


 キヨは不満そうに言いながら、結び終えた縄を強く引いた。


「ちゃんと覚えておくよ」


「日記に書いておけ」


 昼を過ぎるころ、キヨの庭の雪囲いも終わった。


 灯は最後まで働くという約束を守れず、途中から落ち葉を集めて遊んでいた。

 それでも、最後の短い支柱だけは直人と一緒に運んだ。


 実家へ戻ると、直人は古い5年日記を何冊か取り出した。


 大学へ進学する前年の11月を開く。20年あまり前の記録だった。


 同じころの日付に、父の字が残っていた。


 11月24日、雪囲い。直人、朝から文句。自宅とキヨさん。


 次の日の欄には、こう書かれていた。


 11月25日、続き。

 正志さん、ミネさん。直人、来年から東京。

 手伝わせるのは今年で最後か。


 あの日、父がそんなことを考えていたとは知らなかった。


 直人にとっては、いつもと同じ、嫌いな雪囲いだった。


 父にとっては、息子とする最後の雪囲いだった。


「パパ、ママが撮ったの、動画にする?」


 隣から日記をのぞいていた灯が尋ねた。


「何を?」


「秘密基地」


「雪囲いだって」


「でも、動画にしたら秘密基地に見えるよ」


 美咲が差し出したスマートフォンには、

 昨日からの作業が短くいくつも残っていた。

 支柱を抱えた灯の写真もあれば、直人が縄を結び直す映像もあった。


 直人は窓の外を見た。


 支柱と縄に囲まれた木々の向こうで、細かな雪が落ち始めていた。


 *


 翌日の夜、

 東京の自宅で、直人は美咲から受け取った2日間の映像を1分にまとめた。


 庭の木。地面へ打ち込まれる支柱。縄を結ぶキヨの手。

 途中で飽きて、落ち葉を集める灯。


 最後に、雪の降り始めた庭を映した。


 題名は、父の言葉から借りた。


『春になったら外すもの』


 次の週末、キヨが映る部分を本人へ見せ、了承を得て公開した。


 コメントには、同じような記憶を持つ人がいた。


『子どものころ、私も雪囲いが大嫌いでした』


『父に支柱を押さえていろと言われたのを思い出しました』


『実家を出てから、誰がやっているのか考えたこともなかった』


『うちの父も、まだ1人でやっているかもしれません。今夜、電話してみます』


 雪囲いは、冬を来なくするものではない。


 木をいつまでも、同じ形に縛っておくものでもない。


 雪の重さで折れないように、春まで少し支えるだけだ。


 父が直人に残した28本の映像も、そういうものなのかもしれなかった。


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