森の中の日常
今日は1話のみの更新です。
朝。
このはが目を覚ますと、今日も障子の向こうから柔らかな光が差し込んでいた。
「……ん」
布団から起き上がり、部屋を出る。
いつものように縁側へ向かう。
「おはよう、このは」
「おはようございます、白雨さん」
白雨は縁側に座っていた。
その肩には、青い蝶が止まっている。
「……あ」
このはの顔が明るくなる。
「おはよう、ルミナス」
青い蝶が翅を揺らす。
「もう来てたのか」
ルミナスが白雨の肩から飛び立つ。
このはの周囲を一度だけ回り、そのまま肩へ止まった。
「今日もよろしくな」
ルミナスが翅を揺らす。
「ふふ」
白雨が微笑む。
「すっかり仲良しだね」
「そうですか?」
「うん」
このはは少し嬉しそうに笑った。
「俺も、こいつのこと気に入ってます」
⸻
朝食を終える。
蔦が器を片付けていく。
このはは縁側から、その様子を眺めていた。
「……なあ、ルミナス」
青い蝶が顔を向ける。
「また一緒に森を散歩してみるか?」
ルミナスが飛び立つ。
このはの周囲を一周する。
「行きたいってこと?」
もう一度、翅が揺れる。
「じゃあ決まりだな」
「気をつけてね」
「はい!行ってきます」
⸻
森の中を歩く。
昨日と同じように、ルミナスがついてくる。
「あんなところに川なんてあったっけ?」
このはが立ち止まる。
川の近くに、小さな白い花が咲いていた。
見たことのない花だった。
「……綺麗だな」
しゃがみ込む。
ルミナスが花の周囲を飛ぶ。
「お前も気になる?」
青い蝶が花の上へ降りる。
このははそっと手を伸ばす。
けれど。
触れる寸前で止めた。
「……勝手に取ったら駄目だよな」
「そうだね」
「……え?」
聞き覚えのある声。
振り返る。
白雨が立っていた。
「白雨さん?」
「その花は、そこで咲いているのが一番綺麗だからね」
「いつの間に……」
白雨は小さく笑った。
「この森は私の領域だからね、君がどこにいるかくらい分かるよ」
「……領域」
このははその言葉を聞いて、少し考える。
そして。
ふと、昨日のことを思い出した。
星架。
夜の大妖。
そして、自分の領域を持つ強大な妖。
「……」
なら。
「白雨さんも……」
思わず口に出しかけて、止まる。
白雨が首を傾けた。
「うん?」
「……いえ」
まだ、分からない。
もしかしたら。
白雨も、星架と同じように――
かなり強い妖なのかもしれない。
そんな考えが、このはの中に浮かんだ。
「どうしたのかな?」
「なんでもないです」
白雨は少しだけ目を細めた。
けれど、何も聞かなかった。
「そう」
それだけ言って、白雨は花へ視線を戻した。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
このはは立ち上がる。
ルミナスが二人の間を飛んだ。
⸻
しばらく森を歩く。
木の枝に、小さな鳥が止まっていた。
「……」
このはが見上げる。
鳥も、このはを見る。
ルミナスが鳥のほうへ飛んでいく。
鳥が少しだけ首を傾ける。
「お前、鳥とも仲良くできるの?」
ルミナスが戻ってくる。
このはは笑った。
そのまま歩く。
森の中は静かだった。
けれど、寂しくはない。
鳥の声。
葉の擦れる音。
遠くで動く獣の気配。
その隣を、ルミナスが飛んでいる。
「……」
このははふと口を開いた。
「白雨さんって」
「うん?」
「ここでずっと一人で暮らしてたんですよね」
「そうだね」
「……寂しくないんですか?」
白雨は少し考える。
「そうでもないかな」
「どうして?」
「星架みたいなのが、ちょくちょく遊びに来るからね」
「星架さんみたいなのが?」
「うん」
「他にもいるんですか?」
白雨は頷いた。
「私に会いに来る妖は、他にもいるよ」
「へえ……」
このはは少し驚いた。
森に住んでいる妖は白雨だけ。
けれど。
白雨を訪ねてくる妖はいる。
「じゃあ、ずっと一人ってわけじゃないんですね」
「そうだね」
白雨は微笑んだ。
「それに」
白雨が、このはの肩を見る。
「今は君もいるしね」
「……」
このはの顔が少し赤くなる。
「……俺も、ですか?」
「うん」
「そっか」
このはは小さく笑った。
ルミナスが、このはの肩へ止まる。
「じゃあ、俺もたまに遊びに来る妖と同じようなものなのかな」
「ふふ」
白雨が笑う。
「君はここに住んでいるだろう?」
「……それもそうですね」
二人の間に、穏やかな時間が流れる。
このはは小さく笑った。
その言葉が、なんだか嬉しかった。
ここにいていい。
そう言ってもらえたような気がしたから。
今日の散歩は、なんだか少し気恥ずかしかった。
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