当たり前
本日は2話更新です。
あれから数か月が経った。
朝。
このはは台所に立っていた。
「……よし」
鍋の中を覗き込む。
味噌汁。
焼き魚。
それから、炊きたてのご飯。
ここで暮らし始めた頃は、白雨に朝食を用意してもらっていた。
けれど今では、このはが料理をすることがすっかり日常になっている。
「白雨さん、できましたよ」
「分かった」
縁側にいた白雨が立ち上がる。
袖から蔦が伸び、食器を運ぼうとする。
「あ、それも俺がやります」
蔦が止まる。
「今日は俺が作ったので」
白雨は少しだけ笑った。
「そうかい」
「はい」
このはが料理を食卓へ運んでいく。
最後に自分の分を置く。
「じゃあ、食べましょう」
「うん」
二人で向かい合う。
「いただきます」
「いただきます」
2人で朝食をとるのも、もう当たり前になっていた。
「……どうですか?」
「おいしいよ」
「よかった」
このはは少し嬉しそうに笑う。
「最初の頃は、白雨さんに作ってもらってばっかりでしたけど今は俺が作ることも増えましたね」
「君が料理を覚えたからね」
「まあ、せっかく住ませてもらってるんですから」
白雨は湯飲みを手に取る。
「律儀だね」
「そうですか?普通ですよ」
白雨が小さく笑う。
「君の普通は、面白くて結構好きだよ」
「……またそういうこと言う」
このはも笑った。
---
食事を終える。
蔦が器を片付けていく。
このははその様子を眺めながら、ふと庭へ目を向けた。
紫陽花が咲いている。
その間を、青い蝶が飛んでいる。
「ルミナス」
呼ぶと、青い蝶がこちらへ飛んでくる。
「今日も来たのか」
ルミナスはこのはの周囲を一周すると、肩へ止まった。
「今日はどうする?」
翅が揺れる。
「散歩する?」
もう一度、翅が揺れた。
「じゃあ行こうか」
このはは立ち上がった。
---
森の中を歩く。
数か月前なら、白雨の家から少し離れるだけでも不安だった。
今では、森の中を一人で歩くことにもすっかり慣れている。
肩にはルミナスがいる。
「今日はどこまで行く?」
ルミナスが少し先へ飛んでいく。
「そっち?」
このはが追いかける。
木々の間を抜ける。
小さな川を越える。
見慣れた場所。
この森を歩くことも、今では日常の一つになっていた。
「……」
このはは足を止める。
木々の間から空を見上げる。
数か月前。
ここへ来たばかりの頃は、何も分からなかった。
ここがどこなのか。
なぜここにいるのか。
それすらも。
それなのに今では。
「……結構、変わったな」
ルミナスがこのはの肩へ戻ってくる。
青い翅が揺れる。
「お前もそう思う?」
返事はない。
けれど。
このははなんとなく笑った。
---
午後。
家へ戻る。
「ただいま、白雨さん」
「おかえり――」
白雨が言いかけて、ほんの一瞬だけ止まった。
「……」
「どうしました?」
「いや」
白雨は微笑む。
「森を歩いていたのかなと思ってね」
「はい。ルミナスと一緒に」
ルミナスがこのはの肩から飛び立つ。
白雨の肩へ移る。
「今日も一緒だったのかい?」
「はい」
「そう」
このはは白雨の隣へ腰を下ろす。
以前より、ずっと自然な距離だった。
しばらく庭を眺める。
「……そういえば」
このはが口を開く。
「俺、ここに来てから結構経ちましたよね」
「そうだね」
「なんか、あっという間でした」
「私もそう思うよ」
「白雨さんも?」
「うん」
白雨は庭を見る。
「最初の頃は、君も随分緊張していたからね」
「……それは言わないでください」
「ふふ」
「本当に恥ずかしかったんですから」
「そうだったね」
「今は少し慣れましたけど」
「それはよかった」
このはは少し笑った。
「白雨さんとこうして話すのも、もう普通になりましたし」
「ふふ...そうだね」
その返事が、なんとなく嬉しかった。
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夕方。
このはは夕食の準備をしていた。
「白雨さん、これ味見してもらえます?」
「どれかな?」
小皿を差し出す。
白雨が一口食べる。
「どうです?」
「少し薄いかな」
「やっぱり?」
「でも、おいしいよ」
「じゃあ、少しだけ濃くします」
このはが台所へ戻る。
白雨はその後ろ姿を眺めていた。
数か月前まで。
この家にいたのは自分だけだった。
今は違う。
食事の匂いがする。
誰かの声がする。
「……」
白雨は静かに目を細めた。
それを。
悪くないと思っている自分がいた。
---
夜。
食事を終えた二人は、縁側に並んで座っていた。
ただ静かな時間が流れる。
「……白雨さん」
「うん?」
「明日、マークへ行こうと思ってるんです」
白雨がこのはを見る。
「買い出しかい?」
「はい」
「そう」
「いつも白雨さんについてきてもらってるので」
少し間を置いて。
「明日は、一人で行ってみようかなって」
白雨はしばらくこのはを見つめた。
「……分かった」
「いいんですか?」
「君も何度か行っているからね」
「ありがとうございます」
このはは笑った。
「ちゃんと買って無事帰ってきますね」
「うん」
「じゃあ、今日はもう寝ます」
「おやすみ、このは」
「おやすみなさい、白雨さん」
二人はそれぞれの部屋へ戻っていった。
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その頃。
白雨の森へ向かう空。
雲の上を、一匹の巨大な龍が飛んでいた。
赤い鱗。
巨大な翼。
その身体を、青白い雷が走っている。
龍は真っ直ぐどこかを目指していた。
「久々に、あやつのところへ顔を出すとしようかの……」
風を切る。
速度を上げる。
「へ……」
龍の鼻が動く。
「へ……」
「へっくしゅ!!」
――ドォンッ!!
凄まじい雷が、龍の口元から弾けた。
一条の稲妻が、遥か下へ向かって落ちていく。
木々に当たり、焼け落ちているものもある。
「……」
龍は落ちていった雷を見下ろした。
「風邪でもひいたかの?」
それだけ呟くと。
何事もなかったかのように、再び飛んでいった。
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