帰還へ
「このは、本当にどこも怪我をしていないんだね?」
白雨は俺の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「うん。大丈夫だよ。アギトさんにも確認してもらったし」
「そうかい……」
白雨は安心したように息を吐いた。
そして、俺の腕に自分の腕を絡める。
「白雨?」
「……なんだい?駄目なのかい?」
白雨は少しだけ首を傾げた。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「そう言ってくれると思ってたよ」
そう言って、白雨は俺の腕に頬を寄せた。
どうやら、しばらく離れるつもりはないらしい。
「ははは!白雨嬢も随分と甘えん坊になったものじゃな!」
アギトさんが楽しそうに笑う。
「……このはに無事また会えたんだ。構わないだろう?」
「も、もちろんじゃ!妾は何も言っておらんぞ!」
白雨は小さく息を吐くと、再び俺の方へ身体を寄せた。
俺も、そんな白雨の様子を見て自然と笑みがこぼれた。
⸻
しばらくして、俺はふと思い出したことがあった。
「そういえば、あの妖精はどうなったんですか?」
「む?ああ、あの妖精か!」
アギトさんが白雨の傍らに浮かぶ妖精へ視線を向ける。
妖精は相変わらず、ふわふわと空中を漂っていた。
「この妖精が、俺をここへ連れてきたんだね?」
白雨は俺の腕を抱いたまま、妖精を見つめた。
「そうだよ。この妖精が、君を突然連れていったんだ」
「どうして俺を連れてきたのか、もう一度聞いてみたいんだけど」
白雨は少し考えるように妖精を見た。
「それなら直接聞いてみるといい。」
妖精は俺の言葉を聞くと、嬉しそうに近づいてきた。
――君が好き。面白い。
「え?」
思わず声が出た。
「君のことが気に入っていたから、自分のお気に入りの場所を見せたかったそうだよ」
「お気に入りの場所……」
――うん。たくさん。綺麗なところ。
妖精は楽しそうにくるくると回った。
「それで、俺をここまで連れてきたんだね」
――そう。
悪意があったわけではないらしい。
ただ、自分の好きな場所を俺にも見せたかった。
妖精にとっては、それだけのことだったのだろう。
「……なるほど」
納得できたような、できないような不思議な気持ちだった。
「でも、突然連れていかれるのは困るかな。白雨も心配するし」
――ごめんなさい。
妖精は少ししょんぼりしたように、俺の周りを漂った。
「もう、勝手にこのはを連れていかないでおくれ」
白雨の声は穏やかだったが、その言葉にははっきりとした意思があった。
妖精は白雨を見ると、こくこくと頷いた。
――わかった。
「約束だよ」
白雨が念を押すと、妖精はもう一度頷いた。
俺はそんな妖精を見て、少しだけ笑った。
どうやら、悪気がなかったというのは本当らしい。
この妖精のおかげで白雨に会えたと言っても、一言くらいかけてほしいものだ。
⸻
それから、俺たちは天空城アルカディアで過ごすことになった。
白雨は相変わらず、俺の腕を抱いたままだった。
城の中を歩くときも、食事をするときも、隣から離れようとしない。
「白雨、そんなにくっついていて疲れない?」
「平気だよ。むしろ、こうしているほうが落ち着くんだ」
そう言って、白雨は俺の腕に頬を寄せた。
アギトさんはそんな俺たちを見て、何度か楽しそうに笑っていた。
「白雨嬢、本当にこのはがお気に入りなんじゃな」
「……そうだね。私の大切な人だから」
白雨は何でもないことのように答えた。
その言葉に、俺は少しだけ胸が温かくなった。
白雨にも同じ言葉を照れずに伝えるにはもう少しだけ時間と勇気が必要だった。
ただアルカディアから眺める景色は、何度見ても飽きなかった。
⸻
「おお!そろそろじゃな!」
ある日のこと。
アギトさんが窓の外を眺めながら声を上げた。
「どうしたんですか?」
「浮島が白雨嬢の森に近づいてきたのじゃ!これなら、もう送っていけるぞ!」
「本当かい?」
白雨が俺の腕を抱いたまま尋ねる。
「うむ!ちょうどよい位置じゃ!」
「それはよかった。ありがとう、アギト」
「なに、気にするでない!安全運転で妾が送り届けてやろう!」
アギトさんはそう言うと、広間の窓から外へ出た。
その身体が、まばゆい光に包まれる。
光が収まったとき、そこには巨大な赤い龍が立っていた。
「さあ、このは!白雨嬢!妾の背に乗るがよい!」
アギトさんは大きな翼を広げた。
俺と白雨は、その背中へと乗り込む。
白雨は俺の隣に座ると、再び腕を抱いた。
「ふふ……帰ろうか、このは」
「うん。帰ろう」
俺たちを乗せたアギトさんは、ゆっくりと翼を広げた。
次の瞬間、巨大な身体が空へと舞い上がる。
天空城アルカディアが、少しずつ遠ざかっていく。
雲海を越え、その下に広がる大地へと向かっていく。
久しぶりに帰る森。
そして、いつもの暮らし。
白雨の温もりを隣に感じながら、俺は帰り道の景色を眺めていた。
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