冬の気配
森を吹き抜ける風が、頬を冷たく撫でていった。
木々の葉はすっかり色づき、枝によっては、もうほとんど葉が残っていない。地面には赤や黄色の落ち葉が幾重にも積もり、歩くたびに乾いた音が鳴った。
「……寒くなってきたな」
思わず呟く。
この世界に来た頃は、まだ春だった。それから季節が移り変わり、今では朝に布団から出るのも少し億劫になってきた。
もう秋も終わりに近いのだろう。
「そうだね。そろそろ冬が近い」
隣を歩く白雨が答えた。
長い白髪が風に揺れる。白雨は寒さなど気にしていないようで、いつもと変わらない足取りで森を進んでいた。
「白雨は寒くないのか?」
「私は平気だよ。これくらいなら、特に気にするほどでもないからね」
「……羨ましい限りだ」
「ふふ。君は寒いのが苦手なのかな?」
「得意な人のほうが少ないと思うよ」
「それもそうだね」
白雨は楽しそうに目を細めた。
そんなやり取りをしながら、俺たちは森の奥へと歩いていく。
木々の枝はずいぶん寂しくなっていたが、足元にはまだ青々とした草が残っていた。落ち葉の隙間から顔を覗かせる小さな植物もあれば、冬を前に花を咲かせているものもある。
「……こうして見ると、植物もいろいろなんだな」
「そうだね。寒くなる前に花を咲かせるものもあれば、春まで眠るように過ごすものもある」
「春まで眠る?」
「人間の眠りとは少し違うけれどね。成長を緩やかにして、厳しい季節を越えるんだよ」
白雨は道の脇に生えた草へ目を向けた。
「地上から見える姿が変わっても、植物がすべて消えてしまうわけではないからね」
「なるほどな。冬になると、森はもっと寂しくなるのかと思ってた」
「見た目はそう感じるかもしれないね。でも、何もなくなるわけじゃない。目に見えないところで、次の季節に備えているものも多いんだ」
「……そう考えると、ちょっと見方が変わるな」
枝から葉が落ち、花が姿を消していく。
それだけを見れば、森が少しずつ寂しくなっていくようにも思える。けれど、その下では次の春へ向けた準備が進んでいるのだ。
「白雨は、そういうことにも詳しいんだな」
「ふふ。私は植物の大妖だからね」
白雨は楽しそうに笑った。
俺もつられて笑いながら、再び森の景色へ目を向ける。
しばらく歩いていると、ふと、元いた世界の冬を思い出した。
「……そういえば、俺のいた世界も、冬は寒かったな」
「君の世界の冬かい?」
白雨がこちらを向いた。
「うん。ここと同じように木々の葉が落ちるし、雪が降る場所もある。俺が住んでいたところは、毎年雪が積もるほどじゃなかったけど」
「雪が降るんだね」
「ああ。朝起きたら、家の周りが真っ白になっていることもあったよ」
「それは面白そうだ」
白雨の声に、わずかな興味が混じった。
「そうかな。雪かきは大変だったけどな」
「雪かき?」
「雪が積もると、道や家の前から雪をどかさないといけないんだ。放っておくと歩きにくいし、凍ると危ないから」
「なるほど。綺麗なだけではないんだね」
「何事も、見るだけならいいんだけどな」
「ふふ。確かにそうかもしれない」
白雨は頷き、それから少し考えるように視線を上げた。
「この世界にも雪は降るよ。場所によっては、かなり積もるところもある」
「そうなのか?」
「うん。この森でも、冬が深まれば雪が降ることはあるね。ただ、毎年同じように積もるわけではないよ」
「……この森が雪で真っ白になるのか」
まだ想像がつかなかった。
今は落ち葉に覆われた地面も、枝を伸ばす木々も、雪が積もればまったく違う景色になるのだろう。
「君は、雪は好きなのかな?」
「嫌いじゃないよ。たまに見る分には綺麗だしな」
「なら、この森の雪景色も気に入るかもしれないね」
白雨は穏やかに微笑んだ。
「私としても、君がどんな感想を抱くのか楽しみだよ」
「……そんなに期待されても困るけどな」
「大したことではないさ。君が感じたことを、そのまま教えてくれればいい」
そう言われると、少し楽しみになってきた。
この世界に来てから、初めて迎える冬。
元いた世界と似ているところもあれば、違うところもあるのだろう。
この森が雪に覆われたとき、どんな景色になるのか。
そして、その景色を白雨と一緒に見られるのなら。
「……冬が来るのも、悪くないかもな」
俺がそう呟くと、白雨は隣で小さく笑った。
「うん。きっと、悪くない冬になるよ」
冷たい風が、再び森を吹き抜ける。
木々の枝が揺れ、残っていた葉が静かに舞い落ちた。
冬は、もうすぐそこまで来ている。
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