花道
昼下がり。
このはは、森の中を散歩していた。
秋も深まり、木々の葉は赤や黄色に色づいている。
風が吹くたびに落ち葉が舞い、森の景色も少しずつ変わり始めていた。
そんな中。
「……あれ?」
このはは、道端に咲く花を見て足を止めた。
いつもなら紫色をしている小さな花が、淡い青色に変わっていた。
花びらの形も、葉の様子も変わらない。
ただ、色だけが違っている。
「……こんな花、あったっけ」
しゃがみ込んで花を観察する。
見た目はいつもと変わらないのに、色だけが明らかに違っていた。
しばらく眺めていると、花びらがかすかに揺れた。
風が吹いたのかと思い、顔を上げる。
けれど、周囲の木々は静かなままだった。
もう一度花へ目を戻す。
すると、淡い青色だった花が、ゆっくりと黄色へ変わった。
「……え?」
このはは思わず目を見開いた。
見間違いではない。
確かに、花の色が変わった。
やがて黄色は薄れ、元の紫色へと戻っていく。
「……何だ、今の」
このはは立ち上がり、周囲を見渡した。
特に変わった様子はない。
鳥の声が聞こえ、木々の間を秋の風が吹き抜けていく。
いつもと同じ森だった。
それなのに、目の前の花だけが、まるで何かに触れられたように色を変えた。
「……気のせい、じゃないよな」
確かめるようにもう一度花を見つめる。
しかし、今度は何も起こらなかった。
少し迷ったあと、このはは再び歩き始めた。
そのとき。
少し先に咲いていた花が、鮮やかな赤色に変わった。
「……っ」
このははすぐに足を止めた。
今度は、はっきりと見えた。
赤く染まった花は、しばらくすると淡い黄色へと変わっていく。
さらに奥では、別の花が青く色づいていた。
まるで、森の奥へ向かって変化が続いているようだった。
「……何なんだ、これ」
誰かが何かをしているのだろうか。
それとも、森の中で自分の知らない現象が起きているのか。
考えても答えは出ない。
このはは周囲を警戒しながら、少しだけ奥へ進んでみた。
すると、進んだ先にあった花も色を変えた。
今度は、紫から白へ。
花びらの先からゆっくりと色が抜けていくように変化し、最後には淡い桃色に染まった。
「……やっぱり、何かいるのか?」
思わず呟く。
返事はない。
ただ、さらに先の花が、今度は青く色づいた。
このははしばらくその場に立ち尽くした。
不思議な現象だった。
少なくとも、普通の植物に起きる変化ではない。
白雨に知らせたほうがいいのかもしれない。
そう考えたものの、今すぐ危険があるようにも見えなかった。
それに、ここまで変化が続いている理由も気になった。
「……少しだけ、確かめてみるか」
このはは慎重に歩き出した。
花の変化を追いながら、森の奥へと進んでいく。
やがて、木々の間が少しずつ開けてきた。
道端に咲く花の色も、これまでより鮮やかになっていく。
赤、青、黄色、紫。
一輪ごとに異なる色が、森の奥へ続いていた。
そして。
最後の木々を抜けた瞬間、このはは足を止めた。
「……うわ」
目の前には、小さな広場が広がっていた。
そこには、色とりどりの花が咲き乱れていた。
赤や黄色、青や紫。
見たことのない色合いの花まで、広場いっぱいに咲いている。
秋の木々に囲まれたその場所だけが、まるで季節を忘れたかのように鮮やかだった。
木漏れ日が花びらに降り注ぎ、風が吹くたびに花々が波のように揺れる。
さっきまで森の中で見ていた、奇妙な色の変化。
その答えが、この場所にあるのだろうか。
このはは警戒を解かないまま、ゆっくりと広場へ足を踏み入れた。
そのとき。
花の間で、小さな光が揺れた。
一つではない。
赤、黄色、緑、紫。
いくつもの光が花々の間を飛び回っている。
「……あれは」
目を凝らすと、小さな人影のようなものが見えた。
花の上に降り立つもの。
互いを追いかけるように飛び回るもの。
風に舞う花びらを追いかけ、くるくると宙を旋回するもの。
このところ、森でよく見かけるようになった妖精たちだった。
このはは、しばらくその光景を眺めていた。
花の色が変わったのも、ここへ続いていたのも、彼らが関係しているのだろうか。
そう考えたところで、妖精の一匹がこちらを向いた。
小さな赤い光が、花の間を抜けて近づいてくる。
このはは思わず身構えた。
けれど、妖精は彼の目の前まで来ると、少しだけ周囲を回り、また花の中へ戻っていった。
それを見たほかの妖精たちも、次々とこちらを向く。
色とりどりの光が、花々の間からこのはを眺めていた。
「……俺を呼んだのか?」
問いかけても、返事はない。
妖精たちは、何事もなかったかのように遊びを再開した。
花の色がゆっくりと変わり、広場の景色が少しずつ表情を変えていく。
赤い花が橙色へ。
青い花が淡い紫へ。
黄色い花が、木漏れ日を受けて金色のように輝く。
やがて、広場全体が柔らかな光に包まれた。
「……綺麗だな」
このはは、思わず呟いた。
花々の色が重なり合い、木漏れ日と混ざり合って、ここにしかない景色を作り出していた。
妖精たちは、その中を楽しそうに飛び回っている。
どうして花の色を変えていたのか。
なぜ、自分の前で次々と変化を見せたのか。
ここへ導こうとしていたのか、それとも、ただ偶然そうなっただけなのか。
結局、何も分からない。
けれど、目の前の景色は確かに美しかった。
このははしばらく、その場に立っていた。
そのとき、背後から声が聞こえた。
「このは?」
振り返ると、白雨が立っていた。
「白雨……どうしてここに?」
「君が森の奥へ進んでいくのが見えたからね。何かあったのかと思って」
白雨は広場を見渡した。
色とりどりの花。
その間を飛び交う妖精たち。
そして、少し驚いた顔で立っているこのは。
「……なるほど、あの子たちに案内されたのかい?」
「たぶんね。花の色が次々に変わって、こっちへ来いって感じでさ」
「ふふ。ずいぶん気に入られたものだね」
白雨は楽しそうに微笑んだ。
「植物に異常はないよ。花の色を変えて、遊んでいるんだろうね」
白雨は近くの花に触れた。
花びらが淡い紫色に染まり、しばらくすると元の色へ戻っていく。
白雨は花から手を離した。
「でも、どうして君をここへ導いたのかまでは分からないよ。」
「白雨にも分からないんだ?」
「植物に何が起きているのかは分かるけれど、妖精たちの気持ちまで分かるわけじゃないからね」
そう言って、白雨は小さく笑った。
このはは、もう一度広場を見渡した。
妖精たちは相変わらず自由気ままに飛び回っている。
彼らが何を考えているのかは、やっぱり分からない。
それでも、ここへ来なければ、この景色を見ることはなかっただろう。
「……でも、来てよかったかな」
このはが呟くと、白雨は隣で微笑んだ。
「ふふ。そうだね。私が元に戻すこともできるけれど……」
白雨は広場の景色を見つめた。
「今は、このままにしておこうか」
「いいの?」
「せっかく、あの子たちが作った景色だからね」
風が吹き、色とりどりの花々が揺れた。
その間を、小さな光たちが自由に飛び回っている。
このははしばらく、その景色を眺めていた。
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