小さなお返し
午後。
このはは居間で本を読んでいた。
少し離れたところでは、白雨が机に向かい、何かを書き留めている。
普段はあまり見かけない光景だった。
「……白雨、何してるの?」
このはが尋ねると、白雨は顔を上げた。
「少し、記録をつけているんだよ」
「記録?」
「この森で起きたことや、植物の様子などをね。長いこと生きていると、覚えておきたいことも増えるものだから」
「へえ……。そんなこともしてるんだ」
このはは机の上を覗き込んだ。
そこには、見慣れない文字で書かれた紙が何枚も並んでいた。
「……これ、全部白雨が書いたの?」
「もちろん。私以外に誰が書くんだい?」
「いや、そうだけどさ……。すごい量だね」
「ふふ。長い年月の積み重ねだからね」
白雨はそう言って、再び紙に目を落とした。
このははしばらくその様子を眺めていたが、ふと思いついたように立ち上がった。
「……ちょっと待ってて」
「おや、どこへ行くんだい?」
「すぐ戻るよ」
そう答えて、このはは台所へ向かった。
しばらくして、湯気の立つ湯呑みを二つ持って戻ってくる。
「はい、白雨」
「……おや?」
白雨は差し出された湯呑みを見つめた。
「お茶を淹れてくれたのかい?」
「うん。いつも白雨に淹れてもらってるからね。たまには俺が淹れようと思って」
白雨は一瞬だけ目を瞬かせ、それから柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、このは」
「どういたしまして」
このはは白雨の隣に座り、自分の湯呑みに口をつけた。
「……どう?」
「うん。おいしい」
白雨は穏やかな声で答えた。
「このはが淹れてくれたから、なおさらね」
「……またそういうことばっかり言って」
このはが少し呆れたように言うと、白雨は楽しそうに笑った。
「ふふ。ちゃんとおいしいよ」
「ならいいけど……」
このはも小さく笑った。
二人はお茶を飲みながら、しばらく他愛のない話をした。
やがて、白雨が湯呑みを置く。
「こうしてお茶を淹れてもらうのも、悪くないものだね」
白雨は湯呑みを両手で包み、目を細めた。
「何かをしてもらうというのも、誰かさんのおかげで良いものだと最近思うようになったよ」
その言葉に、このはは少しだけ考えた。
白雨は、何でも自分でできてしまう大妖だ。
食事も、家のことも、森の管理も。自分ができることを、わざわざ誰かに頼る必要はない。
それでも、こうして自分が淹れたお茶を喜んでくれている。
「……そっか」
このはは微笑んだ。
「じゃあ、また淹れてあげるよ」
白雨はこのはを見つめ、嬉しそうに笑った。
「ふふ。楽しみにしているよ」
そのあと、白雨は再び記録に戻り、このはも本を開いた。
けれど、しばらくすると白雨がそっと肩を寄せてきた。
「……白雨?」
「少し休憩しようと思ってね」
「さっき休憩したばかりじゃない?」
「そうだったかな?」
白雨は何食わぬ顔で微笑んだ。
このはは小さく息をついたものの、肩を離すことはなかった。
「……まあ、好きなだけ休めばいいんじゃないかな」
白雨は満足そうに目を細めた。
午後の光が、二人のいる部屋を穏やかに照らしていた。
誰かのためにお茶を淹れること。
そのお茶を、嬉しそうに受け取ってもらうこと。
そんな小さなやり取りが、二人の日常にまた一つ増えていた。
励みになりますので良ければブックマーク、評価、感想よろしくお願いします。




