例外
このはは白雨と向かい合って、いつものように朝食を取っていた。
「いただきます」
「いただきます」
箸を進めながら、このはは昨日の話を思い返していた。
三つの国を滅ぼし。
人間に期待することをやめ。
それでも、白雨は自分を受け入れてくれた。
「……白雨さん」
「うん?」
「昨日の話なんですけど」
「うん」
白雨は箸を置く。
「白雨さんは、最初から人間が嫌いだった訳じゃなかったんですよね」
「うん」
白雨は少しだけ笑った。
「むしろ、最初は人間に興味があったよ」
「興味?」
「人間が何を考えて、何を望んで生きているのか」
白雨は湯飲みに手を添える。
「知りたかったんだ」
「……」
「だから昔は、姿を隠して人間の町へよく遊びに行っていたよ」
「今とあまり変わらないですね」
「ふふ。そうかもしれないね」
白雨は少し楽しそうに笑う。
「人間の作るものを見るのが好きだったんだ。料理も、道具も、建物もね」
「へえ……」
「私たち妖とは違うものを作るから、見ていて飽きなかった」
このはは白雨の話を聞きながら、少し意外に思った。
今よりずっと昔の白雨。
人間の町へ遊びに行き、人間の暮らしを眺めていた。
「じゃあ、その頃は人間と仲良くなりたいとも思っていたんですか?」
「そうだね」
白雨は素直に頷く。
「私自身を見てくれる人間がいるかもしれないと思っていた」
「……」
「けれど」
白雨の声が少しだけ静かになる。
「なかなか、そういう人はいなかった」
---
白雨は、昔のことをゆっくりと話した。
力を求めて近づいてくる人。
自分の美貌に惹かれて近づいてくる人。
妖という存在を恐れ滅ぼそうとする人。
「最初は、それでも気にしなかったよ」
「この人は違うかもしれない」
「毎回そう思っていたんだ」
けれど。
何度会っても。
何人と話しても。
「最初のうちは期待していた」
「……」
「いつか、私を私として見てくれる人が現れるんじゃないかってね」
風が庭を抜けていく。
「でも、何度も続くとね」
白雨は少しだけ目を伏せる。
「期待することに疲れてしまったんだ。期待しなければ、失望することもない」
淡々とした言葉だった。
怒りも、恨みもない。
ただ、長い時間をかけて諦めた者の声だった。
「だから、君は例外だったんだよ。」
「……?」
「君は、私のことを何も知らなかった」
白雨は、このはを見る。
「植物の大妖だということも。紫蔦妖姫と呼ばれていることも」
「……」
「だから君は、私を恐れなかった」
少しだけ笑う。
「私の力を欲しがることもなかったし、容姿に惹かれ、劣情をぶつけてこようとすることもなかった」
「……」
「ただ、一緒に暮らして、くだらない話をして……過去を知っても私自身を知ろうとしてくれた」
このはは少しだけ目を逸らす。
「それに」
白雨の口元に、いたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「初めて私を見て顔を真っ赤にする人間なんて、この世界にはもういないからね」
「……」
このはの顔が、少し赤くなる。
「でも、俺は本当に何も知らなかっただけですよ」
「それでいいんだよ」
白雨は穏やかに笑う。
「何も知らなかったからこそ、君は私を見てくれたんだからね」
---
「白雨さん」
「うん?」
「白雨さんって……いつから生きているんですか?」
白雨は少し考える。
「植物というものが、この世界に生まれた頃からだよ」
「……え?」
このはが目を丸くする。
「そんな昔から?」
「うん」
白雨は庭へ視線を向ける。
「植物の大妖としてなら、私はずっと昔から存在している」
「じゃあ、白雨さんって……」
このはは少し考える。
「……」
白雨は一度だけ、このはを見る。
「今の私になったのは、1000年くらい前かな」
「……今の私?」
このはが首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ」
白雨は穏やかに答える。
「1000年より前も私ではあるよ」
「……」
「でも、今の私とは少し違う」
このははしばらく白雨を見る。
「……よく分からないです」
「そうだろうね」
白雨は小さく笑う。
「その話は、また今度にしようか」
「……分かりました」
それ以上、白雨は話さなかった。
---
このはは庭で花の手入れをしていた。
隣では白雨が蔦を操り、伸びすぎた枝を整えている。
「……」
作業をしながら、このははちらりと白雨を見る。
1000年より前も私。
でも、今の私とは違う。
どういう意味なのだろう。
「気になるかい?」
「……はい」
白雨がこちらを見る。
「やっぱり分かります?」
「顔に出ているからね」
「そんなにですか?」
「うん」
白雨は楽しそうに笑う。
「私は、君のそういうところを好ましく思っているよ」
「……」
このはは少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。
「でも、今はまだ話してくれないんですよね」
「私の昔話は長いからね」
「じゃあ、ゆっくり聞きます」
「……ふふ、いつか全部話すよ」
白雨は柔らかく笑った。
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