白雨の過去
今日で投稿を初めて1週間になります。
思っていた以上に読んでくださる方がいてびっくりしています。
いつもありがとうございます!
いつものように二人で食卓を囲む。
「いただきます」
「いただきます」
いつもの朝。
このはは時々、向かいにいる白雨を見ていた。
ずっと前から、気になっていることがある。
白雨の過去。
紫蔦妖姫という名前。
そして。
人間に対する、白雨の距離感。
「……」
白雨が箸を止める。
「どうしたのかな?」
「……いえ」
このはは少し迷った。
「あとで、聞きたいことがあるんです」
「うん。いいよ」
白雨は穏やかに笑った。
---
昼前。
食事を終えた二人は、庭に出ていた。
このはが紫陽花の様子を見ている。
白雨はその隣で、蔦で庭を整えていた。
「白雨さん」
「うん?」
「昨日、本を読んでて思ったんですけど」
「何かな?」
「紫蔦妖姫って……どういう意味なんですか?」
白雨の手が止まる。
「……そうだね」
少しだけ考える。
「私の二つ名みたいなものさ、そのままの意味だよ」
「そのまま?」
「紫陽花と蔦を操る妖の姫」
「……」
このはは庭を見る。
紫陽花。
蔦。
木々。
「でも、それだけじゃないんですよね」
白雨は、このはを見る。
「よく分かったね」
「白雨さんのことを調べてたら、そうなのかなって」
白雨は小さく笑う。
「そうだね」
「じゃあ……教えてもらえますか?」
「うん」
白雨は庭を眺めた。
「昔、この森の周りには三つの人間の国があったんだ」
「三つも?」
「そう」
白雨は淡々と話す。
「三つの国は、この森を自分たちの領土にしようとして、長い間争っていた。この森は大陸の中心に位置するからね。」
「……」
「最初のうちは、私は放っておいたよ」
「白雨さんは関わらなかったんですか?」
「うん。森に入ってきた人間を追い返す程度さ。人間同士の争いだからね」
少し間を置く。
「けれど、ある日」
白雨の視線が遠くなる。
「争いが森の中まで及んできた」
このはは黙って聞いている。
「私の領域が、戦場になったんだ」
「……それで?」
「私は動いた」
白雨の声は静かだった。
「三つの国にある植物を、全て支配した」
「……」
「建物も、道も、畑も」
白雨は目を伏せる。
「植物が飲み込んでいった」
「国は?」
「滅びたよ」
短い言葉だった。
このはは息を呑む。
「……白雨さんが?」
「そうだね」
白雨は否定しなかった。
「三つの国を、私が滅ぼした」
---
しばらく。
二人とも何も言わなかった。
風が吹く。
紫陽花の葉が揺れる。
「そのあと」
白雨が続ける。
「滅びた土地に紫陽花が咲いた。私が破壊した跡には紫陽花が咲くんだ。」
「……」
「そこからたくさんの植物が広がって、今の森になった」
白雨は現在の庭を見る。
「だから……」
このはが小さく呟く。
「紫蔦妖姫」
「そう」
「三つの国を滅ぼした、恐ろしい植物の妖」
白雨は少しだけ笑った。
「そう呼ばれるようになったよ」
---
このはは白雨を見る。
怖い。
そう思った。
三つの国を滅ぼした。
それは、自分が今まで知っていた白雨からは想像できないほど遠い話だった。
けれど。
目の前にいる白雨は、いつもの白雨だった。
穏やかで。
静かで。
少しだけ意地悪で。
最近は、自分に随分と甘い。
「……」
このはは口を開く。
「白雨さん」
「うん?」
「人間のこと……嫌いだったんですか?」
白雨は少し考えた。
「昔は、もう少し期待していたよ」
「期待?」
「私に会いに来る人間が、力や容姿じゃなくて私自身を見てくれるんじゃないかってね」
「……」
「でも、そういう人はほとんどいなかった」
白雨の声に、怒りはなかった。
ただ、遠い記憶を振り返るような響きだった。
「だから、いつの間にか期待しなくなった」
「……」
「人間に何かを求めること自体をやめたんだ」
このはは黙って白雨を見る。
それなら。
どうして。
「……じゃあ」
「うん?」
「どうして俺を住ませてくれたんですか?」
白雨の瞳が、少しだけ揺れた。
「……」
答えが返ってこない。
このはは急かさなかった。
やがて。
「さあ」
白雨は小さく笑った。
「どうしてだろうね」
「……分からないんですか?」
「なぜか君はほかの人と何か違う気がしたんだ。」
白雨はこのはを見る。
「だから800年ぶりに、人間に期待してしまった。」
「......800年」
「うん」
白雨は静かに続ける。
「君は君だろう?」
「……」
「人間だから、とか。妖だから、とか」
白雨は少しだけ目を細める。
「今はそんなことを考えて君を置いているわけじゃないよ」
このはは、しばらく黙っていた。
そして。
「……優しいですね」
「そうかな?」
「はい」
このはは少し笑う。
「人間に期待するのをやめたのに」
白雨を見る。
「それでも俺を置いてくれたんでしょう?」
「……」
「やっぱり、優しいと思います」
白雨は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ困ったように笑った。
「君は、やっぱり少し変わってるね」
「そうですか?」
「そうだよ」
白雨は庭へ視線を戻す。
その横顔は、いつもより少しだけ柔らかかった。
---
夕方。
このはは一人で庭を歩いていた。
紫陽花の前で足を止める。
「……」
白雨が三つの国を滅ぼした。
その跡地に、この花が咲いた。
そう思うと。
いつも見ていた紫陽花が、少しだけ違って見えた。
それでも。
「綺麗だな……」
このははそっと花へ触れる。
背後から声がする。
「気に入っているのかい?」
「……はい」
振り返る。
白雨が立っていた。
「昔から、この花は好きなんです」
「そう」
白雨が隣へ立つ。
二人で紫陽花を見る。
「……」
このはは少しだけ白雨へ近づいた。
肩が触れる。
白雨は何も言わない。
ただ、穏やかに微笑んだ。
「白雨さん」
「うん?」
「もっと、白雨さんの昔のことを聞いてもいいですか?」
白雨は少しだけ驚いたようにこのはを見る。
それから。
「もちろん」
優しく答えた。
「いつでも聞かせてあげるよ」
夕暮れの庭に。
二人の影が並んで伸びていた。
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