意識
朝。
一緒に食卓を囲むのも日常になった。
「いただきます」
「いただきます」
いつもの朝。
いつもの食事。
けれど。
「……」
このはは、向かいに座る白雨をちらりと見た。
目が合う。
「……」
このははすぐに視線を逸らした。
白雨はそんなこのはを見て、口元に小さな笑みを浮かべた。
「……ふふ」
何も言わない。
そのほうが、かえってこのはには落ち着かなかった。
⸻
食事を終える。
このはが器を片付けようと立ち上がる。
「俺、洗ってきますね」
「うん」
白雨はそのまま座っている。
「……」
このはが台所へ向かう。
しばらくして。
「……?」
後ろから足音が聞こえる。
振り返る。
白雨がこちらへ歩いてきていた。
「白雨さん?」
「手伝おうか?」
「大丈夫ですよ」
「そう」
白雨は微笑む。
それでも、その場を離れない。
「……えい」
「うわぁ!?」
急に脇腹を突かれる。
「……何するんですか!」
「隙ありだよ」
白雨は悪戯っぽく笑って。
そのまま台所を去っていった。
それだけなのに。
妙に意識してしまう。
⸻
午前。
食器を片付けた後、このはは縁側で本を読んでいた。
森にある植物について書かれた本だ。
「この花……」
ページをめくる。
その隣へ、白雨が腰を下ろす。
「何を読んでいるのかな?」
「植物の本です」
「そう」
白雨が本を覗き込む。
自然と距離が近くなる。
肩が触れた。
「……」
このはの手が止まる。
白雨は気づいている。
けれど、何も言わない。
ただ、穏やかに本を眺めている。
「……」
このははしばらくそのまま固まっていた。
やがて。
「……白雨さん」
「うん?」
「近いです」
「そうかな?」
「……はい」
白雨は少しだけ笑う。
「そう」
それだけ。
離れる気配はない。
このはも、それ以上は何も言わなかった。
⸻
しばらくして。
白雨が本のページを指差す。
「この花なら、森に咲いているよ」
「本当ですか?」
「うん」
「今度、見に行ってみたいです」
「じゃあ、後で一緒に行こうか」
「お願いします」
白雨は微笑んだ。
このはも笑う。
さっきまでの緊張が、少しだけ解けた。
⸻
午後。
二人で森を歩く。
ルミナスが少し先を飛んでいる。
「今日はこの辺までにしておきましょうか」
「そうだね」
来た道を戻る。
途中。
白雨がこのはの袖を軽く引いた。
「こっちだよ」
「え?」
「少し遠回りしよう」
「いいですけど……」
白雨についていく。
木々の間を抜ける。
やがて、小さな開けた場所へ出た。
「わ、綺麗ですね」
「気に入ったかい?」
「はい」
このはが周囲を見回す。
「こんなところに咲いていたんですね」
午前中に本で見た花が見事に咲いていた。
「君がまだ知らない素敵な場所もあるからね」
「まだあるんですか?」
「もちろん」
白雨は微笑む。
「少しずつ見せてあげるよ」
「……楽しみにしてます」
⸻
帰り道。
このはが歩いていると、白雨が隣へ並んだ。
そして。
今度は何も言わず、このはの手を取る。
「……」
このはは白雨を見る。
白雨は前を向いている。
「……」
このはは少しだけ迷った。
けれど、握られた手をそのままにする。
指先に力が入る。
白雨がそれに気づいた。
けれど、何も言わない。
ただ。
嬉しそうに目を細めた。
⸻
夕方。
家へ戻る。
縁側に並んで座る。
ルミナスが庭を飛んでいる。
「今日も楽しかったです」
「そうかい」
「はい」
このはは庭を見る。
「またあの場所、行きたいです」
「いつでも連れていくよ」
「ありがとうございます」
白雨は隣にいるこのはを見る。
「……」
そして。
そっと、このはの頭へ手を置いた。
「今日はよく歩いたね」
「……」
このはが固まる。
白雨はそのまま、優しく頭を撫でる。
「……」
このはの顔が赤くなる。
「……白雨さん」
「うん?」
「……そういうの、反則ですよ」
白雨は少しだけ笑った。
「そうかい?」
このはは俯く。
それでも。
頭を撫でる手から逃げようとはしなかった。
⸻
夜。
このはは自分の部屋へ戻った。
布団へ入る。
「……」
今日のことを思い返す。
隣に座ったこと。
肩が触れたこと。
手を重ねられたこと。
手を繋いだこと。
そして。
頭を撫でられたこと。
「……」
このはは布団を少しだけ引き上げる。
顔が熱い。
「……白雨さん、最近ちょっと……」
そこで言葉が止まる。
近い。
以前より、ずっと。
龍のくしゃみ、もとい雷のことがあってから。
でも。
「……」
嫌ではない。
むしろ。
今日、手を握られたとき。
その手を離されたくないと思った。
「……」
このはは自分の手を見る。
少しだけ笑った。
それから。
「……寝よう」
布団へ顔を埋める。
けれど。
しばらくの間、眠ることはできなかった。
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