植物と龍の大妖
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翌朝。
このははゆっくりと目を覚ました。
「……ん」
身体を起こす。
まず最初に、肩へ目を向ける。
「……ルミナス?」
青い蝶が、枕元に止まっていた。
翅をゆっくりと揺らしている。
「……よかった」
このはは小さく息を吐いた。
昨日のことを思い出す。
突然の落雷。
気を失って倒れたこと。
そして、ルミナスが自分を守ってくれたこと。
「お前も無事だったんだな」
指を近づけると、ルミナスがその周囲を飛ぶ。
「ふふ」
少し安心してから、このはは部屋を出た。
---
縁側へ向かう。
そこには白雨がいた。
「おはよう、このは」
「おはようございます、白雨さん」
「身体の調子は?」
「もう大丈夫です」
「そう」
白雨は微笑む。
「それならよかった」
このはは白雨の隣へ座る。
昨日のことを思い出して、少しだけ気まずくなる。
「……昨日」
「うん?」
「ありがとうございました」
「何がかな?」
「その……」
このはは白雨を見る。
「心配してくれて」
白雨は少し恥ずかしそうに言う。
「……当然だろう?」
「……」
その言葉に、このはは少しだけ頬を赤くした。
「白雨嬢!」
庭の向こうから、豪快な女性の声が響いた。
白雨がそちらを見る。
「来たか」
巨大な龍が空から降りてくる。
赤い鱗。
大きな翼。
龍は庭へ降り立つと、その姿を光へ変えた。
巨大な身体が縮んでいく。
そして。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
片目を隠す赤い髪。
頭には角。
背中には大きな翼。
着物を着崩し、大きな胸をさらしで抑えている。
「白雨嬢、昨日は世話になったの」
「こちらこそ」
白雨が答える。
このはは女性を見る。
昨日、自分を助けてくれた人物だ。
「はじめまして、アギトさん。このはです」
「うむ。このはじゃな。妾はアギトじゃ!」
アギトはこのはを見る。
そして、その肩に止まっている青い蝶へ目を向ける。
「それが昨日の妖精か」
「はい。ルミナスっていうんです」
「ほう、名を持っておるのか」
ルミナスが翅を揺らす。
「教えてもらったんです」
「なるほどの」
アギトは興味深そうにルミナスを見る。
「しかし、人間に妖精がついていくとは珍しいものじゃな」
「そうなんですか?」
「妖精はそう簡単に姿を現すものではないからの」
「へえ……」
このははルミナスを見る。
「じゃあ、こいつに気に入られたってことなのかな」
「そうかもしれぬな」
アギトが笑う。
---
三人で縁側に座る。
このはは改めてアギトを見る。
「アギトさんと白雨さんって、どういう関係なんですか?」
「長い付き合いじゃな」
アギトが答える。
「そうだね」
白雨も頷く。
「改めて自己紹介しようかの。妾は『赫龍皇』、名をアギト!龍の大妖じゃ!」
「龍の大妖……」
このはが呟く。
「大妖って……」
先日の夜の大妖である星架を思い出す。
「星架さんみたいな特別に強い妖、みたいなものですよね」
「そうだね」
白雨が頷く。
「なんじゃ星架にも会っておったのか、それなら妾でもう3人目じゃの~」
アギトが何気なく口にした。
「……えっ」
白雨の動きが止まる。
「……アギト」
「ん?」
「それは――」
このはが白雨を見る。
「……白雨さんも、大妖なんですか?」
白雨は少し黙った。
「……そうだよ」
静かな声だった。
「私は『紫蔦妖姫』、植物の大妖さ」
このはは庭を見る。
紫陽花。
木々。
草。
そして、白雨の袖から伸びる蔦。
「……やっぱり」
その言葉を聞いて、白雨は少しだけ目を伏せた。
隠そうと思っていたわけではない。
いつかは話すつもりだった。
けれど。
大妖だと知ったら。
このはの自分を見る目が変わるかもしれない。
街の人々のように、恐れられるかもしれない。
そう考えると。
ほんの少しだけ、怖かった。
だから。
「......また今度ちゃんと話すよ」
これまで何度もそうやって、話を先延ばしにしてきた。
その理由を。
白雨自身、うまく言葉にはできなかった。
ただ。
今の関係を壊したくなかった。
それだけだった。
「……」
このははしばらく白雨を見ていた。
けれど。
「分かりました、いつか聞かせてください」
それ以上は聞かなかった。
白雨は少しだけ目を細める。
「ありがとう」
その声は、ほんの少し柔らかかった。
アギトが二人を見ながら笑う。
「何をそんなに気にしておるのじゃ」
「君は少し黙っていてくれるかな」
「わっはっは!」
アギトは豪快に笑った。
「まあ、白雨嬢らしいの」
「君が何も気にしなさすぎるだけさ」
このはも思わず笑う。
---
「そういえば」
このはがアギトを見る。
「アギトさんって、いろんな龍になれるんですよね?」
「そうじゃ」
「どうして?」
アギトは胸を張る。
「妾は龍という概念そのものじゃからの」
「龍という概念そのもの……」
「ゆえに、龍の姿ならば様々なものになれる」
「すごい……」
「そうじゃろう?」
「自分で言うんですね」
「わはは!」
アギトは満足そうに笑った。
---
しばらくして。
白雨が静かに口を開く。
「それで」
「……」
アギトの笑顔が止まる。
「昨日のことだけど」
「昨日?」
「このはを見つけた場所に、雷が落ちた跡があったね」
「……」
アギトが目を逸らす。
「何か心当たりはあるのかな?」
「……」
白雨の赤い瞳が細くなる。
「アギト」
「……ぬう」
アギトが観念したように口を開く。
「実はの」
「うん」
「昨日、白雨嬢のところへ向かっておったのじゃが」
「それで?」
「空を飛んでおったら……」
アギトが少し間を置く。
「くしゃみが出ての」
「……」
「くしゃみ……」
「へっくしゅ!」
アギトが勢いよくくしゃみをする。
雷鳴が轟く。
小さな雷が落ち、庭から焦げ付いた臭いがする。
沈黙。
このはが固まる。
「……そう」
白雨は静かに頷いた。
「つまり」
白雨の声から温度が消える。
「君が、くしゃみをして」
「……うむ」
「その雷が街道へ落ちて」
「……そうじゃ」
「このはとルミナスが巻き込まれた、と」
「……」
アギトは黙っている。
白雨は微笑んだ。
けれど。
その瞳はまったく笑っていなかった。
「昨日、私はこれでもこのはが帰ってこないことを心配していたんだ」
「……」
「森のどこを探しても見つからなかった」
白雨がアギトを見る。
「植物の気配が途切れた場所もあった」
「……」
「君の雷で」
静かな声。
それだけなのに、アギトの表情が強張る。
「このはが死んでいた可能性もあった」
「……」
「そのことを理解しているのかな?」
白雨はさらに一歩近づく。
「もし、見つけるのが遅れていたら」
赤い瞳が、アギトを射抜く。
「もし、ルミナスがこのはを守ってくれなかったら」
「……」
「私は君と、穏やかに話すことなんてできなかったと思うよ」
アギトが静かに息を呑む。
「……すまなかったの」
頭を下げる。
「本当に、悪かったと思っておる」
その時。
「白雨さん」
このはが口を開いた。
白雨が振り返る。
「俺は大丈夫です」
「……」
「ルミナスも助けてくれましたし」
肩の上で、ルミナスが翅を揺らす。
「アギトさんも、ちゃんと俺を見つけて連れて帰ってきてくれました。
まさかくしゃみが原因だとは思ってなかったですけど」
「このは……」
「だから、もう大丈夫ですよ」
白雨は黙っている。
「アギトさんも、わざとやったわけじゃないんですよね?」
「もちろんじゃ!」
アギトが勢いよく顔を上げる。
「なら、俺は怒ってないです」
「……」
白雨はアギトを見る。
それから、このはを見る。
「……君がそう言うなら」
白雨は一度、目を閉じた。
「これ以上は言わないよ」
アギトがほっと息を吐く。
「助かったのじゃ……」
「ただし」
白雨が再びアギトを見る。
「お仕置きはさせてもらおうかな」
「……」
アギトの顔が固まった。
「妾に何するつもりじゃ!?」
「簡単なことさ」
白雨は庭を指差す。
「この森の植物の世話をしてもらおうかな。人の庭にも雷を落としてくれたみたいだしね」
「……」
アギトが庭を見る。
無数の植物。
そして、先ほどの雷で割れたガラスのようになってしまった庭の土。
「これを全部か?」
「全部だよ」
「……龍の大妖である妾が?」
「そうだね」
「植物の世話を?」
「うん」
アギトはしばらく黙った。
「……分かったのじゃ」
そして観念したように頷く。
「素直で助かるよ」
アギトは庭へ向かう。
「しかし多いのう……」
「頑張ってください」
このはが笑う。
「このは、お主も手伝ってくれてもよいのじゃぞ?」
「俺は昨日いけなかった買い出しに行かなくちゃいけないので」
「むう……」
アギトが不満そうに唸る。
白雨が静かに笑った。
庭には今日も、たくさんの植物が生えている。
その中を。
ルミナスがふわりと飛んでいった。
ちょっとした設定ですが、アギトは龍という存在を一身に背負って生まれた妖のため、世界にアギト以外の龍は存在しません。
そのため龍と呼ばれるものすべてに姿を変えることができます。
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