第四十九話
「もうすべて露見しています。証拠も証人も揃っているのですよ、お祖父様」
ずっと聞きたかった声が私の鼓膜を優しく揺らす。
「それにしても――セラフィーナが私のことをそんなふうに想ってくれていたなんて、嬉しいなぁ」
ルディはよそ行き王子様スマイルでにっこりと笑いかけ、私を抱き寄せた。
(手紙、読んでくれたのね……)
父がレイナイト侯爵に宛てた書簡の中に、ルディへの手紙を入れさせてもらった。
そこに――ルディが助けてくれたというのをアンナから聞いたこと。
それが事実なら、私はダニエルとは再婚約しないということ。
ルディには感謝しているから、幸せになってほしいということ。
そして――
『でもさ、最後の一文はないだろ?』
ルディは私の耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。
手紙の最後の部分は――
『私はルディのことが好き。
ルディが他の人と一緒にいるところを、そばで見ていられそうにない。
だから、修道院に行くことを考えているの』
マルティナ様とルディの婚約が決まっているのだから、“恩を返す”なんて名目で無理やり破談させることはしたくない。
そんなことをすれば、それこそ私の嫌う人たちと同じところまで成り下がってしまう。
だから、修道院に身を寄せ、社交界から離れようと思っていた。
父と兄には猛烈に反対されたけれど。
「そうだったとしても、我々レイナイト侯爵家に恩を返すべきだろう?」
先代レイナイト侯爵はさもそれが“当たり前”だというようにいった。
「それなら、私が恩を返すべき相手は――私の命を救ってくれたルドルフに、です」
「しかし、ルドルフにはすでに婚約者がいる」
先代レイナイト侯爵は勝ち誇ったように片方の口角を上げた。
「そのような婚約、私は認めておりません」
ルディの背後からレイナイト侯爵が現れた。
「父上。レイナイト侯爵家の現当主は私です。後継者を決めるのも、その婚約者を決めるのも、私です」
先代レイナイト侯爵は悔しそうに顔を歪ませ、その隣に座るダニエルも似た表情で膝の上においた拳をぎゅっと握り締めた。
お祖父様を助けてくださった時の先代レイナイト侯爵はきっと本当に純粋な気持ちで助けてくれたのだと思う。
そして、お祖父様もまた、誠実に『恩を返したい』という気持ちを表したのだと思う。
それが、結果的に子孫を縛り付ける呪いの契約になってしまうとも知らずに。
「本日、グランディ公爵家に来ていただいたのはセラフィーナ嬢とルドルフの再婚約を交わすためです」
私の隣でずっと見守っていてくれた父が静かに立ち上がると、レイナイト侯爵のところへ歩みを進めた。
「お待ちしておりました。本日はよろしくお願いいたします」
「お待たせして申し訳ありません。こちらこそ、よろしくお願いいたします。本来なら本邸で行うべきところ、このような別邸で本当に申し訳ない」
「いえいえ、ご事情は察しておりますゆえ」
二人はにこやかに握手を交わす。
「では、場所を変えましょうか。ルドルフ、セラフィーナ嬢をエスコートして差し上げなさい」
「承知いたしました、父上。さあ、行こうか、セラフィーナ」
ルディは私の肩に置いていた腕を前にクイッと差し出した。
私はその腕に手を添える。
ルディは満足げに笑うと、一秒でも早くこの部屋から立ち去りたいのか、歩みを速めた。
◇
そんなセラフィーナたちを呆然と見送り、立ち尽くしていた先代レイナイト侯爵は、彼らの策略にまんまと嵌ってしまったことに気がつき、力が抜けたようにソファへと座り込んだ。
ずっと自分の手の内だと思い込んで驕っていた。
子どもはいつまで経っても子どもで、自分はいつまでも現役であるかのように慢心していた。
『その、“当たり前”という言葉、とても便利な言葉ですわよね。それはいったい誰にとっての、何にとっての“当たり前”なのでしょう?』
今になって、セラフィーナの言っていた言葉が先代レイナイト侯爵の頭の中に繰り返される。
いつから、恩を返してもらうことが“当たり前”だと思うようになったのだろう。
嫡男が後継者になるべきだということも。
ダニエルに対するセラフィーナの態度と、ルドルフが現れた後のセラフィーナの態度は明らかに違った。
セラフィーナが暴露したダニエルの暴言の数々を聞けば、彼女が今までどれほど我慢してきたのか容易にわかる。
それでも、自分から婚約を解消したいとは言えずにずっと耐えてきたのだろう。
それもすべて先代レイナイト侯爵が先代グランディ公爵と交わした約束があったからだ。
考えてみれば、セラフィーナの婚約者がルドルフであっても約束は守られる。
彼らなりの譲歩であり、最善の選択だったのだ。
そもそも、レイナイト侯爵家が繁栄していくことを考えての縁結びだったはずだった。
子どもたち、そして、孫たちが幸せであるように、と願っていたのではなかったのか。
先代レイナイト侯爵は隣でうなだれるダニエルの肩に手を置いた。
「もう、諦めろ。ダニエル」
先代レイナイト侯爵はダニエルが自分を頼ってきてくれたことが嬉しかった。
何とかして可愛い孫の願いを叶えてやりたいと思ったのだ。
しかし、ルドルフとセラフィーナの様子を見たら、いくらダニエルでももう気がついているだろう。
二人の間に入る余地など寸分もないということが。




