第四十七話
綺麗に整備された庭園をリハビリのため、ゆっくりと散歩する。
中央には噴水があり、陽射しがキラキラと反射して揺らめいている。
噴水に繋がっている池の中心にお気に入りのガゼボがあるのだが、この季節は寒すぎて使えない。
私はそのガゼボを眺めることが出来る日当たりのよいベンチに腰掛け、少し休憩を取ることにした。
寒い季節ではあるけれど小鳥がさえずり、私の視界の中で仲睦まじい様子を見せている。
(――番……なのかしら?)
鳥の世界にも関係のしがらみのようなものがあるのだろうか。
中には一度番になったら、一生同じ相手と過ごす種類もいるらしい。
(羨ましい……。あなたたちはお互いのことが大好きなのね)
私は戯れる小鳥たちをぼんやりと眺めていた。
突然、何かに気がついた小鳥たちがバサバサと音を立てて飛び立つ。
近づいてくる足音に気づき、振り返った。
「セラフィーナお嬢様!」
アンナの代わりに私に付いてくれている侍女のメアリーが走って来ていた。
「何かあったの?」
私が立ち上がろうとすると、メアリーはすかさず私の手を取り、支えてくれる。
ハアハアと肩で息をしているのに、支えさせてしまって申し訳ないと思っていると、メアリーは呼吸を整えてから言った。
「アンナが――」
私の鼓動が大きく跳ねた。
◇
「アンナ……! アンナ……!」
私は覚束ない足取りで、出来る限り急いだ。
アンナが療養中の部屋の前まで来ると、辺りは騒然としていた。
人が入り乱れる中、私の姿と声を聞き、一筋の道が開かれる。
私はメアリーに手を引かれ、その部屋の中へと歩みを進めた。
「あっ……アンナ……?」
アンナは私の声に静かに目を開いた。
「おはようございます、セラフィーナお嬢様」
いつもと変わらない笑顔が涙で滲む。
私はベッドサイドまで近づくと、アンナの手を握り締めた。
「ごめんなさい、アンナ。危険な目に遭わせてしまって。私があの時、あの道を選ばなければ――」
深く深く後悔した。
出来ることなら、あの日をもう一度やり直したいと、何度、願ったことだろう。
しかし、私の懺悔の言葉をアンナは遮った。
「いいえ、お嬢様。謝る必要はございません。私はセラフィーナお嬢様がご無事だっただけで充分ですから」
アンナはまだ痛々しい痕の残る唇を横に引いた。
「本当に……よかったです。もしあの時、ルドルフ様が助けてくださらなければ――」
「――え?」
アンナの穏やかな表情に心から安堵していた私の耳に矛盾する名前が入ってきて、一旦思考が止まった。
「セラフィーナお嬢様をルドルフ様が馬車の中から救い出してくださり、抱きかかえたまま物凄い速さで走っていかれて――」
呆然とする私をよそにアンナはクスリと笑いながら、話を続けた。
「まったく……あの方のどこにそんな力があったのかと思うくらい凄かったです。ほら、ルドルフ様って、細身でいらっしゃるでしょう? それほどまでにセラフィーナお嬢様のことが大切なのですね。あの必死な表情からも――あの、お嬢様?」
視線を合わせたアンナはぼんやりとしたままの私に気がつき、握っていた手にキュッと力を込めた。
「ねえ、アンナ……確認しても、いいかしら?」
「はい、何なりと」
私はたった今、聞いた名前が、私の聞き間違いではないと確信したかった。
「私を助けてくださったのは――ダニエル様ではないのね?」
「ダニエル様? いえ、違います。セラフィーナお嬢様とそして、私やカイルを助けてくださったのはルドルフ様です」
私の身体から力が抜けていく。
「ルドルフ様はお嬢様を抱えられ、助けを呼びに行かれて。その後、すぐに私たちを助けに戻ってくださいました」
「そう、だったのね……」
父と兄の言っていた違和感は本当だった。
恐らく先代レイナイト侯爵もダニエルもあの場所には行っていないのだ。
(いったい、何でそんな嘘を……)
今まで散々ダニエルに蔑ろにされてきた。
この十年。頑張って歩み寄ろうとしてきたのに。
そのすべての努力を無駄にしたのは他の誰でもない、ダニエル本人だというのに。
それなのに、何で今さら好みでもない私に執着するのだろう。
いくら考えたところで、ダニエルのことなど私には理解できない。
それよりも大事なことは――私が恩を返すべき相手がルディだったということだ。
◇
「状況が読めてきたな」
「ええ、恐らくルディはレイナイト侯爵邸で軟禁状態にあるのでしょう」
セラフィーナから侍女アンナが目覚め、先代レイナイト侯爵とダニエルの説明とは違う証言をしていると聞き、セドリックは彼女の身体に負担のない範囲で、あの日あったことをもう一度詳しく話してもらった。
聴取を終え、グランディ公爵の執務室へと戻る道中、隠していた表情が怒りに変わった。
セドリックがグランディ公爵へと報告すると、表情こそ変えなかったが、彼もまた怒りで拳をきつく握り締めた。
「先日、隠密に届けさせた書簡の返答が届いている」
セドリックの策略の一部でグランディ公爵に頼んでいた一件だ。
「レイナイト侯爵はこの事実を知らないとみて間違いない。彼はルドルフを次期侯爵にしようという考えを変えていないそうだからな」
「やはり、そうでしたか」
ルドルフを次期侯爵にしようと考えているレイナイト侯爵がセラフィーナを助けたのがダニエルではなく、ルドルフだとわかっていれば、彼を本邸で軟禁状態にする必要はない。
むしろ、一旦白紙に戻したセラフィーナとルドルフの婚約を堂々と戻すいい機会であるはずだ。
そのことからしても、彼が事実を知らず、どう対応すべきか、思い悩んでいることが伺える。
隠密に書簡を送ったのは先代レイナイト侯爵に気づかれず、レイナイト侯爵と連絡を取りたかったからである。
これからまたレイナイト侯爵へ侍女の証言をまとめたものを届けさせ、事実を伝えようと、二人が話しているところに、扉をノックする音が響いた。
「お手紙が届いております」
「――手紙?」
急いで用意したものだろうか。簡素な紙に宛名のみが書かれている。
グランディ公爵が手紙の封を開けた。
「セドリック」
「はい」
「お前の読み通りだ」
グランディ公爵の手元に届いた手紙は――ルドルフからのものだった。




