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【連載版】あなたが『当たり前だ』と仰ったので。  作者: 夕綾 るか


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第四十五話


「よくいらっしゃいました。いや、前向きなご返答をいただき、嬉しいかぎりです」

「こちらこそ、急な訪問で申し訳ない」

「いえいえ。ただ――肝心の本人がおりませんもので……今、急ぎでこちらへ向かわせておりますゆえ、しばらくは我がパルヴィン侯爵領にてどうぞゆっくりとおくつろぎください」


 ルドルフは先代レイナイト侯爵に連れられ、パルヴィン侯爵家に来ていた。

 パルヴィン侯爵は上機嫌で二人を出迎える。


「それにしても、ルドルフ殿はご立派になられましたな。学園での成績も優秀であり、さらに品行方正な様子は社交界でも有名でございますぞ」


 パルヴィン侯爵に孫のことを褒めちぎられ、先代レイナイト侯爵は大変ご満悦であった。


「頼もしい後継者たちに恵まれて、レイナイト侯爵家は安泰ですな」

「それはパルヴィン侯爵家も同様だろう? ご嫡男は武官だそうだな。素晴らしい功績を挙げていると小耳に挟んだぞ」

「武芸にしか興味のない、つまらない男です」


 ははは、と声を上げて笑い合う。

 そんな光景をルドルフは表情一つ変えず、ただ聞き流していた。


「ところで――先日の一件、申し訳なかったな」


 パルヴィン侯爵の顔から一瞬にして笑みが消えた。


「私と先代グランディ公爵との間で交わされた約束があってな。決して、ご嫡男の婚約を邪魔しようとしたわけではないのだ」

「ええ、理解しております」


 パルヴィン侯爵の言葉に少し表情を緩めた先代レイナイト侯爵はルドルフの背中をポンと叩いた。


「それで、だ。まあ、代わりというわけではないが、パルヴィン侯爵家のご息女にルドルフとの縁談はどうかと思ってね」


 パルヴィン侯爵は満面の笑みを浮かべ、大きく何度も頷いた。


「私どもとしては大変ありがたいお話でございます。元々釣書も出しておりましたので」

「承知している。この婚約がまとまれば、侯爵家同士、強固な繋がりとなるだろう。共に手を取り合って両領地を繁栄させていこうではないか」

「もちろんですとも」


 婚約する本人たちは蚊帳の外で話はどんどん先へと進められていく。


(本当に……勝手だな)


 ルドルフは無表情のまま、心の中で大きな溜め息を吐き出した。


(リミットはマルティナがパルヴィン侯爵領に帰って来るまでの数日――それまでにこの縁談がこれ以上、進むのを何とかして阻止しなければ……!)


 ルドルフにとって幸運だったのはここがレイナイト侯爵領ではなく、パルヴィン侯爵領だったことだ。

 パルヴィン侯爵家には幼い頃、何度か訪れたことがある。

 ある程度、屋敷の構造も理解しているし、子どもであったからこそ許されていた行動の自由が秘密の通路や隠し部屋の存在などを知らぬ間に探し当てていた。

 もちろん、そのことをパルヴィン侯爵も、そして、何より先代レイナイト侯爵が知る由もない。


 決行は――今夜。


 ルドルフはパルヴィン侯爵邸の客室から抜け出す準備を始めていた。





(確か、この辺に――あった!)


 パルヴィン侯爵邸から抜け出すことは容易だったが、そこから先、レイナイト侯爵領もしくはグランディ公爵領に向かうためにはどう考えても馬が必要だった。徒歩で行ける距離ではない。


 うろ覚えだった厩舎の場所まで行ってみると、レイナイト侯爵家の家紋が入った馬車を見つけた。

 それを引いてきた馬もいる。


「ごめんな。ここまでたくさん走らせたのに、充分な休息をやれなくて」


 ルドルフはそのうちの一頭を優しく撫で、手綱を引いて厩舎から出した。

 暗闇の中、馬を走らせるのは危険を伴う。

 ルドルフは夜が明け始めるまで、馬を引いたまま歩いた。


「さあ、そろそろ行こうか」


 空が白んできたのを確認すると、ルドルフは馬の背に飛び乗った。

 とにかく今はパルヴィン侯爵領から出て、少しでも遠くへ。

 途中で出すために書いたグランディ公爵への手紙を胸元にしまい、夢中で馬を走らせた。


 ルドルフがレイナイト侯爵領に入ったのは上った日が沈もうとしている頃だった。

 途中で休ませながらここまで来たが、もう馬の体力も限界だ。

 何とか日が落ちる前に馬小屋のある宿を取ることができ、休む算段がついた。

 自領に入った安堵で張り詰めていた糸が切れてしまったのか、ルドルフはベッドに横たわると沈んでいくかのように深い眠りについた。


「うう、ん……もう朝、か……?」


 閉じていた瞼に光を感じ、その眩しさに堪らず顔をしかめた。


「やってくれたな、ルドルフ」

「――ッ!!」


 枕元で聞こえた声に驚き、ばちりと目を見開いて、飛び起きる。


「……お祖父様……」


 怒りに満ちた瞳を向けられ、ルドルフの身体は反射的に強張った。


「注意していて正解だったが……まさか、こんな場所まで逃げられるとは。お前を侮っていたな」


 先代レイナイト侯爵は小さく息を吐くと、ルドルフに座るよう促した。

 ルドルフは観念し大人しくベッドに腰を下ろした。


「パルヴィン侯爵にはルドルフの体調が優れないため、マルティナ嬢が到着してからまた出直すと伝えておいた」


 今度は長く大きい息を吐き出した。


「一体、何を考えているのだ、お前は」


 心底、理解できないと言わんばかりに、先代レイナイト侯爵は大げさに首を捻った。


(あんたには一生わからないだろうよ、俺の気持ちなんて――子孫を苦しめるだけの、あんな契約をした張本人であるお祖父様(あんた)には、ね)


 ルドルフは無表情、無言を貫いた。


「……はぁ。もう、よい。帰るぞ」


 用意された馬車に乗り、レイナイト侯爵邸へと戻ったルドルフは、今までよりも強い軟禁状態に置かれることとなった。


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