第四十四話
グランディ公爵の執務室で、片足を固定されている騎士はがっくりと肩を落とし、うなだれていた。
「申し訳ございません。私が負傷したばかりにお嬢様をお救いすることができず、このようなことになってしまい――」
「――いや、クロード。お前のせいじゃない。むしろ、正しい判断だった」
クロードと呼ばれた騎士は俯いたまま険しい表情で唇を噛み締めた。
「しかし、妙だとは思いませんか? あまりに性急に事を運び過ぎているように感じます」
今回の件を調査していたセドリックが現状に疑問を呈する。
「ルドルフの件を考えると、確かにそうだな」
「しかも、ルディが自由に動けないとなると、今回の件にはルディが関わっているとみて間違いないかと」
グランディ公爵は顎に手をかけ、セドリックと似た端正な顔を崩すことなく、書面に目を落とした。
怪我をしたクロードが御者に肩を借り、屋敷に到着した後、報告を受けてすぐにセラフィーナが落石事故に遭った場所へ助けに戻ったが、もうすでに全員救出されていた。
その時から嫌な予感はしていた。
事故があった場所は――あの、呪いのような契約が始まった場所だったからだ。
グランディ公爵は急いでレイナイト侯爵家に書簡を送った。
そちらで娘を保護していないか、というものだ。
レイナイト侯爵家からの返答が届くと、グランディ公爵はすぐにセラフィーナの元へと向かった。
全身傷だらけで頭には包帯が巻かれ、見るからに痛々しい娘の姿に、グランディ公爵は言葉を失った。
擦り傷だらけの手をそっと握り締め、名前を呼びかけることしかできなかった。
本来ならすぐにでも連れて帰りたいところだったのだが、レイナイト侯爵家の医師が「頭を強く打っているため、馬車での長時間移動には耐えられない。今は出来る限り動かさないほうがよい」という診断を下したため、そのままレイナイト侯爵家の別邸で世話になることになった。
ただ――その時、少し違和感があった。
学園にいるはずのダニエルがなぜか偶然レイナイト侯爵領の別邸にいたこと。
そして、何より、先代レイナイト侯爵とダニエルがグランディ公爵に対して行ったセラフィーナ救出時の状況説明。
事故現場を直接見てきたグランディ公爵は、彼らが二人ともあの場所にいなかったのではないか、と考えていた。
彼らの証言と事故現場の状態に一致しない点が所々あったのだ。
そこでグランディ公爵は早馬を出し、セドリックに調査させた。
そして今、セドリックからの報告を直接聞くと同時に、セラフィーナたちが事故に遭うまでの状況をもう一度詳しく説明してもらうため、軽症だった護衛騎士のクロードを執務室に呼んだのだ。
事故現場はクロードの証言通りの状態であったし、彼の判断は間違っていなかった。
ただ、セドリックの言うように、ルドルフがセラフィーナの後を追いかけていたのであれば、最初に発見していたのはルドルフだったのではないだろうか、という考えがグランディ公爵の頭に浮かぶ。
恐らくセドリックも同様に考えているのだろうが。
「しかし――証拠がない」
そして、証言できる者もいない。
意識が戻ったもう一人の護衛騎士であるカイルにも話を聞いたが、事故の直後からすでに意識がなかったらしく証言は取れなかった。
未だに目覚めないセラフィーナの侍女アンナも同様だろう。
あのように瀕死の状態で助けられたのだから。
憶測は憶測でしかない。
「何とかしてルドルフと直接話すことができればよいのだが……」
グランディ公爵の口からルドルフと直接話したいという言葉を聞いたセドリックがピクリと反応する。
「父上。もう一つ、お話ししたいことがございます」
「何だ?」
セドリックの様子が変わったことにグランディ公爵は視線を上げた。
「クロード、悪いが席を外してくれるか」
「承知いたしました」
執務室に親子二人になったところで、セドリックは口を開いた。
「どうやらフィーは――すでに自覚しているのかもしれません」
「一体、何を……?」
グランディ公爵は怪訝な顔をした。
「先ほど、フィーに会ってきたのですが……ルディの婚約話を聞いて、ひどく動揺していました」
「……そうか……」
グランディ公爵は大きく息を吸い込んだ。
「ならば――どんな手段を使っても、パルヴィン侯爵家とレイナイト侯爵家の縁談を潰さねばならないな」
グランディ公爵の端正な顔が黒い笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです。私に少々考えがあるのですが……お任せいただいてもよろしいでしょうか、父上」
父親によく似た顔が同じく黒い微笑みを浮かべる。
「ああ、セラフィーナに関することはお前が一番理解しているからな。何か必要なものがあれば遠慮せずに言え。援助は惜しまない」
「ありがとうございます、父上。では――早速ですが、父上にお願いしたいことがございます」
セドリックの策略を聞いたグランディ公爵は片方の口角を上げた。
「――ほう。なるほど、わかった。では、隠密に書簡を届けさせよう」
「ありがとうございます」
こうして、似たもの親子は反撃の狼煙を上げた。




