第四十一話
レイナイト侯爵領の別邸で目覚めてから、三日が経とうとしていた。
ようやく身体を動かせるようになり、車椅子でなら外に出ることも許可された。
「今日は天気がいいな。しかし、空気は冷たいから早めに戻ろう」
あれからダニエルは頻繁に私の様子を見に来ては献身的に世話をしている。
(――ように見えるわよね、傍から見れば)
実際には世話というより、私の様子を伺っている。
私が再婚約に前向きになるように取り繕っているようにも思えた。
「ダニエル様」
「何だい? セラフィーナ」
私が口を開いたのがよほど嬉しかったのか、ダニエルは間髪入れずに返事をした。
「学園へ戻らなくても大丈夫なのですか?」
私が事故に遭ってから、すでに一週間。
そして、ここから王都にある学園へ戻るとしたら、三日はかかるだろう。
私がここを通る前からいたとすれば、もしかしたらすでに二週間以上、学園を休んでいることになる。
別々に教育を受けていたからダニエルの学習がどこまで進んでいたのかもわからないし、学園では成績優秀者のリストには載っていなかったので、どの程度まで理解しているのかもわからない。
ただ、このままダニエルが侯爵家を継ぐのだとしたら、学園をそれなりに上位で卒業できる程度の学力は必須だ。
後期最終考査が近づいてくるこの時期に、二週間も三週間も休んでいて大丈夫なのか。
――という、単純に私の心配と疑問を聞いてみただけだったのだが。
「自分の婚約者がこんな状態で勉強などしていられるわけないだろう。当たり前のことだ」
「そう、ですか……」
もし、このままダニエルと再婚約が結ばれるとしたら、後々このレイナイト侯爵領を彼と治めていかなければならない。
そう思うと、今から頭が痛くなってくる。
そもそも、ダニエルのいう“当たり前”と私の思う“当たり前”の認識は違いすぎている。
今まで何度、そう感じてきたことか。
ふわりと舞った風が冷たく、私は両腕を抱え込んでぶるりと身を震わせた。
「セラフィーナ、ここにいたのか」
「お父様!」
心強い声が聞こえ、安堵する。
毎日会いに来てくれる父の存在がありがたい。
「今日は昨日より調子が良さそうだ」
車椅子に座る私の頭を優しく撫でてくれる。
ダニエルは居心地が悪そうに顔を曇らせた。
「先代侯爵から領地に帰る許可をもらってきた。さあ、帰ろうか、セラフィーナ」
「はい!」
私が思わず表情を緩めると、それを見たダニエルは眉間にシワを寄せた。
「ここを離れるのがそんなに嬉しいのか?」
それこそ“当たり前だ”と言ってやりたいところだが、ここでダニエルの気分を害してしまってはせっかく父がしてくれた交渉を無駄にしてしまうかもしれない。
何より私は――領地に帰りたいのだ。
「嬉しいというわけではございませんわ。ただ……私はまだ両親と一緒にいたいのです。レイナイト侯爵家に嫁いだら、そうそうグランディ公爵領に戻ることはできませんから」
「ああ、なるほど。そうか」
どうやら理由を納得していただけたようで、内心ホッとする。
「世話になったな、ダニエル殿」
「婚約者として、当たり前のことをしたまでです」
車椅子を押す手が父に代わり、グランディ公爵家の馬車へと横付けされた。
父は軽々と私を抱き上げ、そっと馬車の中へ座らせた。
従者に車椅子を返却させた後、馬車はゆっくりと走り出した。
◇
「ダニエル様との婚約の話、どうなったのですか」
見送っていたダニエルの姿が見えなくなってから、私は父に問いかけた。
私がここを出ることを良しとしていなかった先代レイナイト侯爵がこんなにも簡単に領地に帰る許可を出すとは思えない。
恐らく何らかの約束が交わされたに違いない。
多分、それは――
「今、いろいろと調べていてね。セラフィーナは心配しなくていい。とにかく今は身体を治すことに専念しなさい」
「わかりました」
領地に戻れば、回復も早くなりそうだ。
「そうだわ、お父様。アンナたちは?」
「ああ、そちらも心配ない。二人とも別の馬車で先に発ったよ」
「そうですか、よかった……」
私はホッと胸を撫で下ろした。
しかし、領地に着いて、目の当たりにしたのは――残酷な現実だった。
「……アンナ……」
未だに意識が戻らないアンナと、騎士として致命的な怪我を負い、もう同じ仕事を続けることがかなわなくなった護衛騎士カイルの姿だった。
「私が二人の未来を奪ってしまった……」
皆でテーブルを囲み、楽しく食事したあの夜のことが思い出される。
「私が領地に帰りたいと言ったから……」
アンナの眠るベッドに近づくと、彼女の手を祈るように包み込む。
「急いで帰るために、あの道を使ったから……」
深い後悔と自責の念に駆られる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
アンナに届くよう、何度も何度も繰り返す。
やっぱり私は自分のしたことの責任を取るべきだ。




