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【連載版】あなたが『当たり前だ』と仰ったので。  作者: 夕綾 るか


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第三十五話


 領地まではまだ遠く、タウンハウスを出た時間も遅かったため、王都の一番端で宿泊することにした。


「御夕食はどうなさいますか?」


 先ほどまでは皆無だった食欲も、部屋に入って落ち着いたからか、アンナの一言で急にぐうと音を立て始めた。


「そうだ! 私、行きたいお店があるの!」


 溶け込めるように服を着替えると、夜の街へと足を踏み入れる。


「うわぁ……何だか、綺麗ね……」


 もう完全に日は落ちたというのに、たくさんの人で賑わい、どの店も明かりが灯り、人も街もキラキラと輝いている。

 今日一日を頑張った人たちが集まり、各々食事をしたり、買い物をして楽しんでいる。


 昼間とはまるで違う、今まで見たことのない風景に、私は思わず感嘆の息を漏らした。


 しばらくして、記憶を辿るように歩き始める。

 以前来た時とは街の様子が全然違うため、行ったことのある店を目印にしながら、何とか進んでいく。


「あ……!」


 覚えのあるいい香りが私の嗅覚をくすぐった。


「ここよ、アンナ」


 ルディと初めて二人で出かけた時、連れてきてもらった大衆向けの食堂。

 楽しかった思い出が蘇る。


「ふふっ」


 席に着いた途端、メニュー表を見ながら笑った私にアンナは目を丸くした。


「おもしろそうな御料理でもございましたか?」


 思いがけず漏れてしまっていた笑い声に、自分でも驚き、小さく咳払いした。


「ううん、何でもない。私が注文してもいい?」

「もちろんでございます。お嬢様、こちらのお店には以前いらしたことが?」

「ええ、そうなの」


 あの時のルディはまだ幼なじみで、将来の義弟という関係だったし、ダニエルの件がなければ、あんなふうに二人で出かけることなど永遠になかったと思う。


 ルディがしていたのを思い出して、なぞるように注文する。


 店内の賑わいは昼間と変わらないが、お酒が入っている分、少々荒々しい。

 女性二人では心許ないので護衛に付いてくれている二人にも同席してもらっていた。

 多少、馴染めているはずだ。


 とはいえ、周囲は気になる。

 何といってもこんな時間帯に街にいるなど、初めての経験なのだから。

 首を動かさないよう、視線だけをキョロキョロと彷徨わせて、辺りを観察し耳を澄ます。


「聞いたかい? 角の菓子屋の次男坊、噴水広場にあるパン屋の娘と婚約したんだってよ」

「じゃあ、婿入りかい?」

「それもそう上手くはいかないらしくてさ」

「ええ? 菓子屋とパン屋だろ? 何が問題なのさ?」

「それがさぁ、どうやら最初は長男の嫁になるはずだったらしいんだよ」

「はぁ? 何で破談に?」

「長男に好きな人ができちまって、それをパン屋の娘さんが目撃したってんで、パン屋の親父さん、キレちまって」

「うげぇ、そりゃあキレるわ」

「菓子屋に乗り込んでよぉ、ここらへん大変な騒ぎになったんだわ」

「んで、何で次男坊と?」

「菓子屋の次男坊、ずっとパン屋の娘さんのことが好きだったらしく、親父さんに土下座してその騒ぎを収めたんだわ」

「じゃあ、めでたしじゃないんか?」


 話を始めた男の人が手元のグラスをグビッと煽り喉を潤した。


「――と、思うだろ?」


 思わせぶりに話を続ける。


「次男坊の婚約が決まって、パン屋を継ぐっつうことになってから、長男がごね始めたらしいんだよ」

「それまた、何で?」


 回答を焦らすように、彼はつまみに手をのばした。

 もぐもぐと咀嚼しながら口を開く。


「長男に菓子屋を継ぐだけの腕がなかったことがバレちまって。今までずっと次男坊が裏でやってきたらしくてな」

「何だ、そりゃ」

「んで、実はパン屋の娘も腕がいいらしくてな。長男は『菓子屋は弟に任せるから、俺がパン屋に婿入する』って言い出して、揉めてるらしい」

「あぁ? じゃあ、長男の恋人はどうすんだ?」

「知らね。別れたんだか、それとも、こそっと愛人にでもすんじゃねえか」

「親父さんも娘さんもたまったもんじゃねえな」

「だな」


 何だかどこかで聞いたことのある話に、つい夢中で聞き耳を立てていると、目の前のテーブルに注文していた料理が次々と運ばれてきた。

 この香りだけでお腹の虫が盛大に合唱し出す。

 皿に取り分けてもらうと、待ちきれずに頬張った。

 ずっと忘れられずにいたスパイシーな甘辛さの肉汁が口の中に広がる。


「んんーっ! 最高!」


 普段は決して見せることのない私の表情に、対面に座った護衛騎士の二人が驚いたように目を見開いた。


「……皆も遠慮せず、たくさん食べてね」


 彼らの様子にハッと気がつき、気まずくなった私は料理を次々と勧めた。


「ありがとうございます」

「いただきます」


 私は隣に座っているアンナと顔を見合わせると、ふふっと声を上げて笑った。


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