第三十四話
「お願いがあるの、アンナ」
目を赤く腫らした状態で帰宅した私にアンナは零れ落ちてしまいそうなほど瞳を見開き、駆け寄った。
「どうなさったのですか、お嬢様!!」
すぐさま部屋へと運ばれ、冷やされたタオルを目元に当てられる。
「あのね、アンナ。今すぐ領地に帰りたいの」
「これから、でございますか?」
「うん。それで……お願いっていうのが――」
◇
「は……? 領地に向かった、って……こんな時間に? セドリック様が許したのか?」
「いえ……セドリック様にも黙って発たれたようです……」
ルドルフはあの後、急いでグランディ公爵家のタウンハウスに戻ってきた。
しかし、セラフィーナの姿はどこにもなく、セラフィーナ付きの侍女も見えなくなっていた。
そこでセドリックの執事に聞いてみると、兄である彼にも告げずに領地へ向かったとのことだった。
「セドリック様」
セドリックの執務室をノックするも中からの返答はなく、物音一つしない。
執事の話によると――セラフィーナがセドリックに一言の断りもなく何処かへ出かけることなど、今まで一度もなかったため、ショックのあまり寝込んでしまっている、とのことだった。
「入らせていただきます」
再度、扉を叩いた後、そう声をかけ、足を踏み入れた。
中は薄暗く、カーテンの隙間から僅かに漏れる橙色の陽射しが机に突っ伏しているセドリックを照らしていた。
「何があったか――」
「何かあったのか?」
セドリックにセラフィーナが何か話したのかもしれないと思い、ルドルフが言葉をかけたと同時に、セドリックからも同じ問いかけがされた。
互いに原因がわからないという事実が判明し、セドリックは上半身を起こした。
「先ほど王城から帰ったばかりでね、もうすでにセラフィーナが領地に向かった後だったんだ。ルドルフ、君も今、帰ったのかい?」
「……はい……」
ルドルフは俯き、拳を握り締めた。
「そう……今日は一緒に帰宅しなかったのだね」
「――ッ。申し訳、ございません……」
セドリックはセラフィーナと同じ美しい金色の髪をサラリと掻き上げた。
そして、同じ紫色の瞳がルドルフをまっすぐに見つめる。
「別々に帰ってきたから、セラフィーナに何があったのか知らないってことか」
「……は、い……」
セドリックの視線は感じているが、ルドルフは頭を下げたまま上げることができず、ぎゅっと瞼を閉じた。
「セラフィーナが学園から帰ったとき、目を腫らしていたそうだ」
「ハッ……」
ルドルフは驚き、ガバリと顔を上げた。
(あの部屋で泣くようなことがあったってことか……? だから、文字が歪んでいた? でも、何で……?)
あの部屋は生徒会以外の生徒が入れない教員棟に位置している。
それに――あの時、生徒会の役員は全員、生徒会室に集まっていた。
誰かが訪問した形跡もなかったし、それほど長時間というわけでもなかった。
いくら思い返してみても、何も思い当たることはなく、ルドルフは頭を抱えた。
「まあ、領地に帰ったのは確かだから、あとは両親に任せるとするよ……」
そういうと、セドリックはまた机に顔を伏せた。
「フィーにとって、私は――そんなに頼りない兄なのかなぁ……」
「…………」
(俺も同じだ……フィーが泣いているとき、一番側にいたいのに……)
いつもなら、どんなに泣きたくても人前では我慢していたし、落ち込んでも、お気に入りの場所でティータイムをして気持ちを落ち着かせていた。
でも――今回は普段のセラフィーナとは違った。
領地に帰るとなると、数週間単位での休みが必要になる。
真面目なセラフィーナが学園を休んでまで領地に帰ることにしたのは何か理由があるはずだ。
「ルディ。明日、フィーの休学届を出しに行ってくれるか?」
「畏まりました」
ルドルフは翌朝、セラフィーナの休学届とともに自分の休学届も提出し、セラフィーナの後を追うことにしたのだった。




