第三十三話
「ルドルフはいるかしら?」
カメリア様が一年のクラスにルディを探しに来た。
例の噂話が落ち着き、マルティナ様が正式に謝罪したこともあり、私に対する嫌がらせはピタリと止んだ。
むしろ、後期中間考査で学園一位だったこともあり、好意的に見られているように感じる。
私とルディの婚約が白紙に戻されたということも知れ渡っており、私はともかくルディには山のような縁談が来ているようだ。
私の婚約者がダニエルに戻されることになれば、ルディは今ある縁談から婚約者を選ぶことになるだろう。
その候補者にはマルティナ様だけでなく、カメリア様の名前も入っている。
カメリア様は以前よりもルディを呼びに来ることが多くなった。
コールダー伯爵家の意向か、本人の意思かはわからないが、他の令嬢より交流を深めようとしていることは確かだった。
「あなたはまだ生徒会役員ではないので、この部屋でお待ちいただける?」
生徒会室のある教員棟まで来ると、カメリア様は自分が保管している一年用の部屋の鍵を取り出し、私に押し付けた。
「さあ、ルドルフ。あなたはこちらへ」
カメリア様はルディの腕を取ると、生徒会室へと誘導した。
無碍にできず、カメリア様の手を振り払わないで、王子様スマイルを浮かべているルディにまたもやもやと胸の奥が締め付けられる。
「セラフィーナも一緒に来ないかい?」
今までは学園中が敵だらけだったこともあり、ルディは片時も離れずにいてくれた。
でも、今は違う。
カメリア様もそれをわかっていて私に一年の部屋を用意したのだ。
「今はもう心配はいらないはずでしょう? それに――お二人は婚約者でなくなったわけですし」
その言葉にぎゅっと締め付けられていた胸がズキリと痛んだ。
「カメリア様の仰る通りです。ルドルフ様、私はこちらの部屋で待っております」
ルディのよそ行き王子様スマイルが困惑したように少し崩れた。
そんなルディに背を向け、用意された部屋の鍵を開けると、振り向かずにドアを閉めた。
(私……いったい、どうしちゃったんだろう?)
誰もいない部屋で、ソファに腰掛けると背もたれに身体を預けた。
天井に描かれた模様を視線でなぞる。
この数ヶ月でいろいろなことがあった。
未来が不安でしかなかったダニエルとの婚約が解消され、学園に通えるようになった。
ただの幼なじみで、未来の義弟になるはずのルディと婚約し、彼の本当の気持ちを知った。
今までずっと羨ましく思っていた“溺愛”というものを教えてもらった。
このままずっとルディの隣で笑い合いながら過ごしていけると思っていた。
「ああ、そうか……私は――ルディのことが好きなんだ……」
やっと、わかった。
やっと、自分の本当の気持ちを理解することができた。
人間として、という意味ではなく。
家族として、という意味ではなく。
一人の男の人として――愛しているんだ。
カメリア様が当たり前のようにルディの隣にいることに、私は嫉妬していたのだ。
気づいてしまうと、余計に苦しくなる。
「ルディはずっとこんな想いを抱えていたの?」
実兄の婚約者を好きになり、伝えられない想いを仕舞ったまま、私と一緒にいてくれたの?
「私には……できそうにないよ……」
好きな人がそばにいるのに、その隣にいるのが自分ではないなんて。
胸を締め付けていたもやもやが溢れ、視界をにじませる。
天井の模様はもはや追うことができない。
一度溢れてしまったものは止めるすべもなく、頬と服を濡らしていく。
「こんな状態で……ルディに会えない……」
私は部屋に置いていた自分の荷物から便箋を取り出すと、先に帰ると書いてテーブルに残し、部屋を後にした。
◇
「待たせてしまったね。申し訳なかっ――セラフィーナ?」
そこにいるはずのセラフィーナがおらず、何かあったのではとルドルフの背筋にヒヤリと冷たいものが流れる。
しかし、すぐにテーブルに置かれた便箋を見つけ、セラフィーナの筆跡を確認すると少し安堵した。
――ただ。
文字が少し歪んでいる。
平静な状態で書かれたものではないと判断したルドルフは急いで追いかけるため、一緒に部屋に入ったカメリアに断りを入れた。
「生徒会の活動は終わりましたので、こちらで失礼させていただきます」
「グランディ公爵令嬢もお帰りになったようですし、ここからは生徒会役員同士の親睦会をしましょう」
この状況を気にもとめず話しかけてくるカメリアにルドルフはにっこりと微笑んだ。
「グランディ公爵家での仕事もありますので」
「こちらも生徒会活動を円滑に進めるための大切な仕事よ」
まったく引き下がろうとしないカメリアにルドルフの苛立ちは積もっていく。
「では――私は生徒会役員を辞めます」
「……えっ?」
「私にとっての優先順位は入る時にお伝えしているはずです。それを守っていただけないようでしたら、辞退させていただきます」
テーブルの上に置かれていた鍵の横に自分の持っていた鍵を添え、セラフィーナが置いていた荷物をまとめ始める。
見ただけで重そうだとわかる量の荷物をひょいと軽々持ち上げると、呆然としているカメリアに向かって口角を上げた。
「お世話になりました。では、失礼します」
「あ……待って、ルドルフ!」
追って来ようとするカメリアに背を向け、部屋の扉を閉めた。
ルドルフは足早に馬車止へと向かう。
(もしかしたら、まだフィーがいるかもしれない)
そこまで長い時間、待たせたつもりはない。
それに、何かあったのかもしれない。
(やっぱり、一人にするんじゃなかった……!)
あの紅茶事件の時に痛いほど思い知ったはずだったというのに。
同じことを繰り返してしまったことに、ルドルフは思わず顔を歪めた。




