レオと伯爵
お嬢様の部屋を出れば、帰宅したばかりの伯爵と出くわした。
執事長からお嬢様の体調が優れないようだと聞いたのか、「若先生、アンジュの様子はどうだった」と心配でたまらないといった様子だ。
このままお嬢様の部屋に向かおうとするから引き留めなくては。
それにしても、伯爵家の人たちに若先生と呼ばれるとむず痒い。父が診察に来られない代わりに来れば、いつも皆が優しく向かい入れてくれるが、面白がっているのではないと考えてしまう。絶対に、キーは面白がっているだろうが。
ソワソワしているあたり、お嬢様のこと聞きたいのだろう。お嬢様に甘い伯爵らしく苦笑してしまう。
「旦那様、いままで通りレオでいいです。お嬢様は仕事の疲れが出ただけみたいです。一日ゆっくり休めば元気になりますよ。だから、今夜はゆっくりさせてあげてください」
「そうか。やはり、アンにとっては身体に負荷がかかってしまったか」
身体というよりも精神面だが…と、口が裂けても言えない。
お嬢様がアルバイトをはじめた旨は、元々伯爵家から伝えられていた。
身体は丈夫だが、精神面に関してはシルビア殿下の件からあまり人と関わらない生活をしていたために心配だったが、今回も何か言われたのかもしれない。
やっと最近、人に慣れてきたと言うのに。
お嬢様をこのような状態にさせた者に対して苛立ってしまう。
そして、伯爵の耳には入れておかなければいけない内容がある。
「ただ、お嬢様の仕事の件で御耳に入れたいことがあります」
そう言えば、伯爵の目つきが変わった。
「それで、話とは」
「ロット家の人間がいるみたいですよ」
「…そうか。王太子殿下が勧めてくださった話だから快諾したが、ロット家の者がいたとは」
「ええ。それに、お嬢様が明日、ロット家の茶会に呼ばれたらしいですよ」
「何だと!」
「大丈夫です。明日は安静にするように本人にも伝えてあります」
「ならいい。アンが結婚するか、シルビア殿下が結婚するかでこの諍いも終わりを迎えるだろう」
溜息を吐きながらも、この静かな争いが終わることを願うしかない。
令嬢同士の争いとしてみるべきなのか。他人が介入していい問題なのか。判断がつきにくい。
ジェード殿下がいまのところ抑えているようだが、この話が国王の耳にでも入ればどうなることやら。
玄関へ向かいながら、思い出す。
「ロット家」という貴族を。王家に仕える毒見係の一族。
社交には参加せずに、医療の発展や軍の研究者として知られている。爵位は子爵。
幼い頃から毒に対する耐性を持つように訓練されているため、毒に対しての知識も豊富な一族だ。
そして、いまいるロット家の中でもシルビア殿下に仕える者が一番厄介だ。
ジェード殿下が管理している者なら、シルビア殿下に協力することはないだろうと思うが、ロット家の屋敷に招かれたなら話は別だ。
差別をしているつもりはないが、ロット家の者だけには近づいて欲しくない。
キーと同じくお嬢様の成長を見守ってきた者として、今後は平和に暮らしてもらいたい。
屋敷から出てから見えた月に、そっと願う。




