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準備に取り掛かってから、すぐに視線を感じた。この部屋で感じる視線の人物はひとりしかいない。
「あまり、注目されると恥ずかしいな」
冷静を装ってみるけれど、アンに注目されていると思うと慣れている行為でも緊張する。
照れを隠しながら慎重に優雅に見えるようにカップを温めていると、突然「ユーゴはよくお茶を淹れるの?」と声を掛けられる。
「毎日、淹れさせられているからね」
その言葉に引っ掛かりを覚えたのだろうか、難しい顔をしている。
―――アンにはそんな表情似合わないのに。
顔を青くさせたりしているので、よくない考えまで辿り着いたのだろう。ケイが婚約破棄されたこともあり、僕との婚約もなくなるかもしれないと。
安心させる意味を含め、少しだけここの事情も話そうと決意する。
「ジェード殿下の執務室は、女性立ち入り禁止なんだ。侍女を含めて」
言葉の意味を理解したのか、ホッとしたような表情をみせる。
「でも、何でユーゴが?」
アンの疑問はもっともだ。貴族の、しかも、上位貴族で王族とも縁戚関係に当たり侯爵家嫡男の僕が給仕みたいなことをしているのか。
ジェード殿下の元で仕事をしている者たちの中には、婚約者がいない者や、年が離れすぎている者がいる。そのような者に近づき、あわよくば側近たちの婚約者に納まろうとする者や愛人でもいいからと近づく侍女が多い。
そのことで、頭を悩ませた殿下が考え付いたのが、爵位に関係なく部下でも一番若い者が給仕をするということだ。
「一番下だから…かな。でも、僕が入るまではグレンがしていたみたいだからね」
一番下と言っても、他にもいた。ただ、殿下が「従兄弟だから特別扱いするつもりはない」と宣言した。その宣言からニコライさんが、「外部に訴えをするなら給仕を彼にすればいい」と言ったものだから、僕が殿下周りの給仕を担当することになった。
殿下の部下と言っても、直属の部下は貴族の嫡男など夜会での顔見知りが多いため、何か無茶なことを頼まれる心配はない。
だが、ジェード殿下はだけは別で、何故か僕にばかり色々と押し付けている気がして仕方がない。
それにしても、いつこの役目が終わるのか目途が立たないことに腹が立つが。
アンに対して此方の踏み入ったことを話すことは出来ないため、先程から気になっているである紅茶を振舞うことにした。
「これでも、前よりは巧くなったから美味しいとは思うけど、少し自信がないな」
「ありがとう。時期侯爵様に振舞ってもらえる女性なんて、きっと私だけでしょ」
嬉しそうな顔をするから、殿下たちの給仕をしていてよかったと思う。
「そうだよ。それに、次期侯爵夫人が望めばいつでも淹れるよ」
「ダメよ。だったら、私もユーゴのために淹れてあげる」
願望を告げたら、目を丸くしてから頬を膨らませ拗ねるような態度をする彼女が可愛い。
僕のためにアンが紅茶を振舞ってくれる。想像しただけで、婚姻後が楽しみになる。
淹れたてを飲んでもらいたい。だけれど、猫舌な彼女のことだからすぐに飲むことは出来ない。
「冷めてしまうと、あまり美味しくないかもしれないから、冷める前に此方もいただこうか」
アンが持ってきたグラッチェの昼食を頂くことにした。
取り分け用の皿に、ベーコンにトマト、レタスが挟まっていたクラブサンドを置くと、トマトの汁が垂れ生地が少し水分を含んだように見える。
だが、アンは早く食べたくてうずうずしているようで「ユーゴ。はやく食べましょう」と、待てが出来ない子犬のようだ。
「そうだね。いただこうか」
嬉しそうに手を伸ばすアンをみていると、急に手を伸ばすのを止めるから、どうしたのかと思ったら、チラチラとテーブルの上を見ている。
ナイフとフォークを探しているようだが、ここでは作法など気にしなくてもいいのに。
「僕とふたりだけから、作法は気にしなくていいよ」
「えっ、でも…」
「なら、僕もこうして食べる」
きっと、グレアム夫人に言われたことを忠実に守ろうとしているのだろう。
淑女としての振る舞いなど、僕の前では気にしなくてもいいのに。アンが出来ないでいるのなら、僕が手で掴めばいい。そう思いながら、水分を含んだクラブサンドに手を伸ばす。




