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頬張って食べるのは執務室で、よくしていることなので躊躇うことはないが、じーっと見つめられながら食べるのは夜会以来だ。その時の令嬢の視線は気にすることもなく食事や歓談を楽しめるのが、それが婚約者に見られていると思うと気恥しくなってしまう。
あんなにも楽しみにしていたクラブサンドにまだ手を付けないでいるから、まだ戸惑っているのかと思い「アン、どうしたの?いまここにいるのは、僕だけだから君を咎める人はいないよ」と言ってみると、考えていたこととは違う返事だった。
「わかっているけど、ユーゴは食事もお上品に摂る人だと思ってた」
「そんな風に思っていてくれたのは光栄だけれど、僕はアンの前では飾らない自分でいたいんだ」
本当は緊張して仕方がないなど、カッコ悪くて言えない。ただ、平常時の僕はいつもこんな感じで過ごしていると言いたかった。
アンがいるからいつも通りに過ごせているかはわからないが。きっと、ニコライさんあたりが見たら笑いながら「冷静になれ」って言われるのだろうけれど。
「そ、そうなんだ」
表情がぎこちなくなくなった気がする。先程まではあんなにも子犬のように可愛らしかったのに。
「それに、殿下の執務室の軽食は殆ど素手で掴んで食べる形式だから癖のようなものだよ。皆、正式な場では作法は気にするけど」
あの部屋で、上品に食べる者など皆無だ。「忙しい」が口癖のような部屋で優雅に摂ることも出来ないまま、簡単に食べられるもので書類を汚し、手間のかかることもあった。そのことを思い出すと、笑ってしまう。
いつの間にか、頬張り口いっぱいに詰め込んでいた。
「口元にソースが付いている」と言いながら、席から乗り出しソースを親指で拭き取り舐めてみると、顔を真っ赤にしながら少し俯いてしまう。
可愛い表情が見えなくなってしまったと、残念に思う。先程食べたときは、何も感じなかったソースだが、アンの頬に付いていただけで甘いシロップのように感じる。
「このソースは甘いね」
「そうかしら?ちょうどいいと思うわ」
甘いものが好きなアンがそういうなら、甘くないのかもしれないが僕にとってはすごく甘い。
その後、時間が経って温くなった紅茶を飲み「ユーゴの淹れてくれたお茶、美味しい」と嘘を吐くアンの優しさに「本当にそうならいいけど」と、言い方が冷たくなってしまう。
大切な人に嘘を吐かせてまでも、こんな渋い味を出した物を飲ませたいと思ってはいなかった。
いつも通り彼女だけには紳士的に振舞わなければと、心を落ち着かせていると、ノック音が聞こえる。この部屋に入室を許可するつもりもないが、礼儀上の挨拶かと思い無視しようとすると、ズカズカと入り込み「ここにいたのか。はやく、職務に戻れ」とジェード殿下が現われる。
何故、この人がここにいるのかと問いただしたくなったが、アンが居心地悪そうにしているから、問いただすのは止めた。
「休憩時間が終わっても戻って来ないと思ったら、このような場で逢引きしていたとはな」
ただ、止めただけで殿下自ら話してくるとは思わなかった。この人のことだから、僕のことを仕事に戻らせようとしているだけなのだろう。
「そもそも、私は午後休ですので休憩時間は関係ないですよ」
「その申請を通した覚えはない」
ニコライさんから許可は貰っているというというのに、何故こんなにも融通が利かないのだ。殿下の言いたいことがわからずに、舌打ちしてしまう。アンの前では紳士でいようと思っていたのに、習慣とは恐ろしいものだ。城内だから油断してしまうとは。
そんな自分自身にも苛立ってしまう。今日は感情の制御がうまくできない。
ただ、こんな僕だけれどアンには見捨てられたくないと思ってしまう。本当の僕を知れば彼女はどう思うだろう。
「ユーゴ、あまり失礼なことをしないで。それに、ユーゴの品位を疑われてしまうから止めて」
彼女に咎められたが、それは僕のことを思ってだとわかるとすごく嬉しい。表情が崩れそうになるのを、どうにかしたい。




