20年後、俺たちは電車を選んだことを後悔しない
「ただ、ひとつだけ問題がある」
俺は言葉を挟んだ。
「あ? 問題ってなんだよ」
タケシが不審そうに顔を歪める。
「おいおい、嫌な予感がするような落とし穴は勘弁してくれよ」
しろが牽制するように言った。その表情からは、せっかくの宝探しを絶対に邪魔されたくないという必死さが伝わってきた。
「俺の古い実家、東京なんだ……」
そう、そこがネックだった。俺たちが今いるのは大阪で、東京ははるか遠くだ。新幹線を使えばすぐだが、まずは親の許可を取らなければならない。幸い、大学の方は次の休みに合わせて数日間の休みがあった。
「東京かぁ……行けるとは思うけど、うちはまず親に確認しないと駄目だな」
ユイが少し困ったように呟いた。
予想通りの反応だった。彼女のせいじゃない。ユイの家は昔から教育方針が厳しく、束縛が強いのだ。同情はするものの、俺にどうこうできる問題ではなかった。
「へっ、オレはシンがじいちゃんを説得してくれりゃ一発OKだけどな」
タケシがニシシと笑う。
実際、かなり確実な作戦だ。彼の祖父は実の孫であるタケシよりも俺のことを信頼している節があるので、俺が一緒に頼めば二つ返事で東京行きを許してくれるだろう。俺自身のことに関しては、養父に一声かければ済む話だ。
俺が「両親に捨てられた」と話すと、たいていの人間は頭を混乱させる。「捨てられたなら、今誰と暮らしてるんだ?」と。
答えは再婚した義理の家族だ。今朝話した血の繋がらない妹のことも、彼女が養子に来たわけではない。……実際に引き取られたのは、俺の方だった。
「シン? なあシン、聞いてんのか?」
タケシの手が俺の肩を揺さぶった。
ハッと我に返る。最近の俺はどうしてしまったんだろう。すぐに自分の世界に入り込んで没頭してしまう。
「ああ、悪い、聞いてるよ。何て言ったんだ?」
パチパチと瞬きをして、意識を目の前の空間に引き戻した。
「喋ってたのはオレじゃなくて、しろだよ」
タケシがあごでしろを指し示す。
「うちの家のプライベートジェットを使えば一発で行けるって言ったんだよ」
しろが繰り返した。
「うーん……どうせなら、普通の交通機関で行かないか?」
俺は提案してみた。
しろの家のジェット機を使ったら、旅そのものの醍醐味がまるごと消えてしまう気がしたのだ。プライベートジェットは確かに快適だが、本当の意味で良い経験をしたいなら、一般人と同じように移動するべきだ。昔、アメリカの著名な作家が残した言葉が頭をよぎる。——『今から20年後、君はやったことよりも、やらなかったことにずっと失望しているはずだ』。今まさに冒険の機会が目の前にあるのに、わざわざそれを味気ないものにする必要はない。
「シンがそうしたいなら、僕は構わないけど」
しろはあっさりと承諾したものの、その顔にはうっすらと不安の色が浮かんでいた。
生まれてこの方、一般人と同じような旅行をしたことがないのだろう。とんでもない大金持ちの家に生まれた者の宿命だ。それでも、他の金持ちのボンボンなら鼻で笑うような貧乏旅行の提案を、素直に受け入れてくれたのは嬉しかった。
「じゃあ、この企画は全員参加で確定だな?」
俺は破顔して言った。
「もちろんだとも! やろうじゃないか!」
しろが跳ね起き、誰よりも熱く拳を突き上げた。
「へいへい、大声出すなよ馬鹿」
タケシがまた絡もうとしたが、興奮の絶頂にいるしろはタケシのことなど完全に視界に入っていない様子だった。
「ユイ、親御さんの許可は取れそうか?」
「聞いてみないと分からないけど、大学のフィールドワークだって言えば納得してくれると思う。任せて、なんとかしてみせるから!」
ユイが頼もしく微笑む。どうやら彼女も、このレンガの謎にかなり興味を惹かれているようだった。
「そろそろいい時間だな。解散するか」
壁の時計を見上げると、針はすでに午後4時を指していた。最近、時間が過ぎるのがやたらと早く感じる。1年がまるで数ヶ月のように飛んでいくようだ。まあいい、とにかく帰るとしよう。
俺たちは立ち上がり、エントランスへ向かった。屋敷を出る際、俺は最後にもう一度しろの家を振り返った。何度見ても、息をのむほど巨大で豪華な邸宅だった。
「じゃあねー! バイバイ、しろ! お母さんにまた外出禁止にされないように、勉強もちゃんとしなよー!」
ユイがからかうようなトーンで手を振る。
「余裕だよ! 今度のテストは100点満点を取ってみせる!」
しろが胸を張って豪語した。
「寝言は寝て言え、ダボが」
タケシが吐き捨てる。
「ドスケベのタケシよりはマシな点数取るし!」
「誰がドスケベだコラァッ!」
タケシが殴りかかろうと拳を振り上げた瞬間、ユイの重い一撃がタケシの脳天にクリーンヒットした。
「今日だけで4回言わせないで」
ユイの低い声が地獄の底から響く。
「限度を考えなさい」
そんなくだらない混沌を最後に、俺たち3人は高橋家の門をくぐり、それぞれの家へと続く道を歩き始めた。




