呼び出された理由が、壊れないレンガだった件
「みんな、やっと来た! 30分も遅刻だよ」
部屋に入った瞬間、ユイが駆け寄ってきた。彼女は俺たちの顔を覗き込むと、すぐに心配そうな表情を浮かべた。
「何かあったの?」
声に不安を滲ませながら尋ねてくる。
「いや! ちょっとしたトラブルがあっただけだ、気にすんな」
しろが片手を軽やかに振りながら割り込んできた。その手には、レンガほどの大きさの小さな箱が握られている。
「は? なんだよそれ」
タケシが眉をひそめて訊いた。
「これこそが、僕が諸君をここに招集した理由さ」
しろはニヤリとドヤ顔を決めた。
「全員だあ? ウソつけ、お前オレのこと呼んでなかっただろ馬鹿。シンとユイしか誘ってねえじゃねえか」
タケシが鼻で笑う。
「あ、そうだっけ……完全にド忘れしてたよ、めんごめんご」
しろは気まずそうに苦笑いし、自分のチョンボをごまかそうとした。
「まあ座れって! ガラクタ屋で見つけたヤバいものを見せてやるからさ」
しろは床にあぐらをかき、まるで伝説の秘宝でも抱えているかのように思わせぶりな態度をとった。
「はあ!? ガラクタ屋あ? お前、オレたちをそんなゴミ見せるためだけにここまで呼び出したのかよ!?」
タケシが苛立った声をあげる。さっきの街中での一件もあって、まだ頭に血が上っているようだ。
「なんだよ、文句あるならやんのか!?」
しろが飛び起き、ボクシングの構えをとる。
「上等だコラ、やってやんぞテメエ!」
タケシも立ち上がり、ふたりは胸が触れ合いそうな距離でにらみ合った。今にも殴り合いが始まりそうだ。まったく、面倒くさい奴らだ。
「いい加減にしなさいよ、あんたたちッ!!」
机をバンッと力任せに叩く音とともに、ユイの怒声が部屋に響き渡った。
普段はめったに怒らない彼女だが、このふたりのバカが不毛な喧嘩を始めると、一瞬で堪忍袋の緒が切れる。
「ふたりともやめろ。まずは話を聞こうぜ。格闘技大会なら後で庭でやってくれ」
俺はふたりの間に割って入り、仲裁に入った。
「……ちっ」
ふたりは同時に不服そうに呟き、それぞれの場所へ腰を下ろした。
「でさ、昨日の朝ジョギングをしてた時の話なんだけど」
しろが説明を始めた。
「路地裏の小さな店を見つけたんだ。誰も立ち寄らないような場所だったんだけど、数日前に見た映画でさ、宝探しがそういうボロ店で古い地図を手に入れるシーンがあったんだよね。だから僕も運試ししてみようと思ってさ。そしたらビンゴ! 20分くらい物色してたら、これを見つけたんだ」
しろが箱のフタを開けた。中に入っていたのは……レンガだった。ただのレンガだ。
だが、よく見ると建築現場にあるような普通のレンガとは違っていた。薄汚れの下にはうっすらと金の光沢があり、表面には複雑な模様や文字のようなものが刻まれていて、どこか古代の雰囲気を漂わせている。
「このクソ野郎がッ!」
タケシが全力の拳をしろの肩に叩き込んだ。
「レンガ一 cargo のためにオレたちを呼び出したのかよ!? オレとシンがここに来るまでにどれだけ苦労したと思ってんだ!?」
タケシがさらに追い打ちをかけようとしたその瞬間、ユイの忍耐が完全に限界を迎えた。彼女は箱からレンガをひったくると、ふたりの頭へと思い切り振り下ろした。
「痛ッッ!!」
ふたりは頭を抱えて同時に悲鳴をあげた。
「あと一秒でも余計な口を叩いたら、庭に生き埋めにするわよ」
ユイが漆黒のオーラを纏いながら低音で唸る。
「待って……ユイ、ちょっとタイム」
俺は彼女の手にある物体を凝視しながら割って入った。
「なんでそのレンガ、割れてないんだ?」
ユイがあれだけの力で殴りつけたというのに、レンガにはヒビひとつ入っていなかった。本来なら、あんな古い脆そうな塊なんて一撃で粉々になるはずだ。
「だろ!? だから言ったじゃん、特別だって!」
しろは頭のたんこぶの痛みを忘れたかのように歓喜した。
「これで僕は大金持ちだー!」
「5秒でいいから黙ってて!」
ユイが威嚇するように言った。
その瞬間、俺の中で眠っていた好奇心がくすぶり始めた。探偵気取りで謎や事件に首を突っ込みたくなる、俺の悪い癖だ。
「貸してみろ」
タケシがユイの手からレンガを奪い取り、まるで考古学者気取りで調べ始めた。
「でも、どう見てもただの古くさいレンガだぞ。何が彫ってあんだこれ? そもそも人間の言語か?」
「さあね。僕も何時間か解読しようとしたんだけど、さっぱりだったよ」
しろが首の後ろをかきながら認めた。
「俺にも見せてくれ」
俺はタケシからレンガを受け取り、明かりにかざして刻まれた文字をじっと見つめた。
「ふむ……かなり古い古代文字みたいだな。待てよ——」
背筋に冷たいものが走り、俺は動きを止めた。
「俺、これ見たことある」
記憶が脳裏を駆け巡る。この記号を知っている。昔、親戚たちが暮らしていた俺の古い実家で……そして、じいちゃんが息を引き取ったあの場所で見ている。
「えっ? 分かるのか!? じゃあ教えろよ! 幽霊でも見たみたいな顔してないでさ!」
しろが興奮気味に身を乗り出してきた。
「いや……見たことはあるんだけど……」
俺の声は次第に小さくなり、部屋の空気が重く沈んでいった。
「だけど、何? シン」
ユイが優しく尋ねてくる。
「……俺の、古い実家にあったんだ」
俺にとって、あの家は開いてはならない傷口のようなものだった。記憶に呪われた場所だ。
「実家に……?」
ユイの表情が深い同情へと変わった。
「じゃあ……この話はもうやめよう。いいんだよ、シン。無理してあそこに行かなくても」
じいちゃんが死んだ場所だから、というだけじゃない。あの家には、俺の人生で最も残酷な記憶が刻まれているのだから。……俺が、実の両親に捨てられた場所。
「シン? なあ大丈夫か? なんで泣いてんだよ」
トゲの抜けた声で、タケシが俺の肩を揺すった。
パチパチと瞬きをすると、目の縁に温かい涙が溜まりかけていることに気づき、俺は慌てて袖で目を拭った。
「ああ……大丈夫だ。気にすんなって」
平気を装い、無理やり力なく笑ってみせた。
「じゃあ……企画はボツってこと?」
しろが肩を落とし、ショックを受けたように尋ねる。
「企画もクソもあるか! 誰も最初からお前の宝探しに賛成なんてしてねえよ!」
タケシが即座に噛みつく。
「つれないなあ! ノリ悪いぞお前ら!」
しろが言い返す。
再びふたりの不毛な口論が始まりかけた時、俺は深く息を吸い込み、その雑音を遮るように声を張った。
「ううん、乗るよ。俺もやる」
「どういうこと、シン?」
ユイが驚きに目を丸くする。
「しろの企画に乗る。俺たちで、このレンガの謎を解き明かそう」
俺は静かに、だが確かな意志を込めて言った。
「謎も何もあるかよ! ただの土の塊だろ!」
タケシが呆れたように鼻で笑う。
「黙れ非国民! 芸術が分からないやつだな!」
しろがタケシの顔面にクッションを投げつけた。
「最後に警告しておくわね」
ユイが拳を強く握り締め、声を一段低いトーンに落とした。
「喧嘩をやめないと、プロジェクトを開始する前にあんたたちの命を奪うから」




