屋敷から駅まで徒歩10分なのに、当然のように高級スポーツカーで送迎された件について
「よーし、今日はめっちゃ楽しみだな!」
武はまるで一度も東京に行ったことがない子供みたいに、声を弾ませてニカッと笑った。
「お前はただの旅行でテンション上がってるだけだろ」
司狼がニヤリと笑い、目を輝かせながら口を挟む。
「俺はプロジェクトが楽しみなんだよ。このレンガの謎をどうしても解き明かしたい」
正直なところ、期待で胸を躍らせていたのは全員同じだった。この世界において、誰もが確実に笑顔になれるものなんて旅行くらいだ。旅行には大きく分けて仕事、家族、友達の3種類があるが、仕事よりあとの2つのほうが好まれるのは言うまでもない。まあ理由はともあれ、これから始まる旅でどんな体験が待っているのか、俺たちもワクワクしていた。
「お坊ちゃま、駅に到着いたしました」
運転手が後ろを振り返り、司狼に告げる。
窓の外に目をやると、重厚な駅の入口が目の前に迫っていた。司狼の屋敷からここまで歩いても10分程度なのに、なんでわざわざこんな高級車に乗ってきたのか謎である。
「早くしろよ、新幹線に乗り遅れるぞ!」
車から飛び出すなり、武が落ち着きのない様子で俺たちを急かしてきた。
「少しは落ち着いたらどうなの? あんた、そのままだと五体満足で東京に着けないわよ」
すぐ後ろから降りてきた結衣が、すかさず武にお説教をかます。
「二人とも落ち着けって。駅で騒ぎ起こすなよ」
俺は二人の間に割って入り、まあまあと宥めた。
「はいはい、分かりましたよーだ」
武は呆れたように目を丸くすると、不満げにブツブツ言いながら歩き出した。
「結衣様……あ、結衣ちゃん! 荷物持とうか?」
後ろから追いかけてきたキヨミが、親切に声をかける。
「気にしないで、自分の分くらい自分で持てるから。キヨミちゃんこそ自分の荷物に気をつけてね」
結衣は優しく微笑んで返した。短い時間だったが、二人が確実に仲良くなっているのが伝わってきて微笑ましい。
駅の中に入り、俺たちは新幹線を待つことにした。見渡してみると、構内は家族連れや友人グループでごった返している。みんな旅行に胸を躍らせている様子で、特に子供たちははしゃぎ倒していた。
だが、父親たちの表情をよく見ると、笑顔の裏にある本音が透けて見えた。せっかくのリフレッシュ旅だというのに、頭の中は予算やスケジュールのことでいっぱいなのだろう。妻や子を楽しませるだけの金はあるか、道中でトラブルは起きないか。彼らは不安をポーカーフェイスの裏に必死で隠しているのだ。
結局のところ、貧乏人は金や予算の心配をし、金持ちは安全や快適さの心配をする。立場が違えど、人間生きていくうえでストレスからは逃れられないらしい。
「シン? また何考え込んでんだよ」
武に突然肩を揺さぶられ、ハッと我に返る。
「あ……いや、なんでもない。大丈夫だ」
「本当か? 水でも飲むか?」
「いや、マジで大丈夫だから気にしないでくれ」
「そっか? ならいいけど」
はぁ、なんで俺は毎回こうなんだろう。いちいち深読みしないように気をつけてはいるのに、勝手に思考が深みにハマってしまう。本当にこの性格は直さないとな。
「お、見てみろよ! 新幹線が来たぞ」
司狼が目を輝かせながら声をあげた。
「よっしゃあああ! 行くぞー!」
武がその場で跳びはねんばかりに喜ぶ。
「やっと来たわね」
結衣がほっと息をついた。さっきまでキヨミと楽しそうに喋っていたようだが、打ち解けてくれたみたいで本当に良かった。
俺たちの周囲には3人のボディガードが控え、危険がないか全方位に鋭い視線を走らせている。
「それじゃ、乗りましょ」
結衣が先陣を切ってドアへと向かった。
だが乗り込もうとした瞬間、男二人組が結衣を押しのけるようにして強引に割り込んできた。
「おいガキ、邪魔だ。俺たちを先に入れろよ」
「な……ちょっと、何すんのよ!?」
結衣は不快感で顔を真っ赤にして叫んだ。
「あはは、悪気はねぇんだよ」
男たちは馬鹿にしたような笑みを浮かべ、結衣の怒りなど意に介さず車内へ消えていく。
「なんなのアイツら……!」
頭に血が上った結衣が追いかけようとしたため、俺は慌ててその腕を掴んで止めた。
「やめとけって。頭冷やせよ、怒ったって何の解決にもならないぞ」
「でも、あんな失礼な---」
「シンの言う通りだ、結衣」
武も間に割って入る。
「昨日の今日だろ? 余計な目立ち方はしないほうがいい。あんな奴ら放置しとけって」
「……ハァ」
結衣は大きなため息をつき、ガックリと肩を落とした。
「分かったわよ……でも、次同じことが起きたら絶対にタダじゃおかないからね」
「ああ、分かってるって」
俺が苦笑いしながら頷くと、緊張が解けた結衣は列車に乗り込み、俺たちもそのあとに続いた。




