急展開の東京旅行と、僕らを運ぶ2台のロールスロイス
「結衣様、お朝食をお持ちいたしました。温かいうちにどうぞ」
二十代前半とおぼしきメイドが部屋に入ってくると、できたての朝食が載ったトレーをテーブルに置いた。
「ありがとうございます! 朝早くからお疲れ様です」
私は彼女に温かい笑みを向けた。
「滅相もございません。仕事でございますので。どうぞお召し上がりください。それでは失礼いたします」
「あ、ちょっと待ってください!」
部屋を出ようとする彼女を慌てて呼び止める。
「あの……もしよかったら、今日の服を選ぶのを手伝ってもらえませんか?」
私はベッドの上に所狭しと並べられた服を前に、困り果てた様子で手振りを交えた。素敵な服が多すぎて、どれを選べばいいのかさっぱり分からないのだ。
「勿論でございます、結衣様。喜んでお手伝いさせていただきます」
彼女は丁寧にお辞儀をした。
「そんなにお辞儀しなくていいですよ!」
私は慌てて手を振った。
「それに……『様』をつけるのもやめてください。だって私たち、同年代じゃないですか。正直、ちょっと落ち着かなくて……」
仕事なのだとは分かっているけれど、ことあるごとに頭を下げられるのは、どうしても馴染めなかった。
メイドは数秒ほど躊躇し、考え込むように間を置いてから、ようやく小さく頷いた。
「そこまでおっしゃるのでしたら……分かりました」
「ごめんなさい、ちゃんと自己紹介もしてませんでしたね。私、神崎結衣っていいます。大学生なんです。あなたは?」
「森山清美と申します。しろ坊っちゃまにお仕えしております」
「坊っちゃま?」
私は首をかしげ、パチクリと目を丸くした。
「差し支えなければ……清美さんっておいくつなんですか?」
「今月で二十歳になります」
「じゃあ、なんであのバカのことを『坊っちゃま』なんて呼んでるんですか! 同い年じゃないですか」
「同い年であることは承知しておりますが、高橋家の方々に敬意を払うのが私の仕事ですので」
「気持ちは分かりますけど、頼むから『坊っちゃま』なんて呼ぶのはやめてください。こっちが恥ずかしくなってきます」
思わずクスッと笑ってしまう。
「あとで私からもあいつに言っておきますから」
「承知いたしました、結衣様」
「『結衣』でいいですよ!」
「は、はい……結衣さん」
「よし! じゃあさっそく、この服の山を攻略しましょう!」
私はベッドの上の服の山を指さし、ニッコリと笑った。
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「しーんー! あとどんだけかかるんだよ!?」
浴室のドア越しに、タケシの苛立った大声が響きわたる。さっきはなんとか奴の手を振りほどき、 人でシャワ を浴びることに成功したものの、あいつはそれからずっとドアの外を行ったり来たりしているのだ。
「もう終わるって! あと2分待て!」
僕も負けじと大声で言い返す。
「『あと2分』だあ!? それ言うのもう3回目だぞ! ヒマすぎて死にそうなんだよ、お前のせいで遅刻したらどうすんだ!」
僕は浴室の鍵を開けて外へ出ると、濡れた髪をタオルで乱暴に拭った。
「大声出すなよ……ほら、出ただろ」
「出ただろ、じゃない! 全然準備できてないじゃん!」
タケシは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、あらかじめ畳んでおいた服の山を僕の胸に押し付けてきた。
「俺が服選んでおいてやったから、5分で着替えろ!」
あいつの全身からは、抑えきれない興奮と焦りが滲み出ていた。昨日までは「東京なんて面倒くさい」とか抜かしていたくせに、 体なんで急にこんなにハイテンションになっているのか、さっぱり理解できない。本当に気分屋な奴だ。
「着替えるから部屋から出てってくれ。5分後にリビングでな」
僕はあいつの背中を押して部屋の外へ追いやった。
「へ、おい押すなよ! 人で歩けるわ!」
手を離すと、タケシは軽く睨みつけてから、廊下の奥へと歩き去っていった。どこまでも長く、静まり返ったその廊下は、相変わらず現実感を失わせる異次元空間のような異様な雰囲気を漂わせていた。
宣言通り、僕は5分ぴったりで着替えを済ませた。タケシが選んだコーディネートは、意外にもかなり筋が通っていた。チャコールグレーのオーバーサイズTシャツに、ダボッとしたカーゴパンツ、厚底のスニーカー。仕上げにシルバのチェーンネックレスとリング、そしてクロスボディバッグ。少なくとも、あいつの着こなしのセンスは悪くない。
例の異様な廊下を抜け、リビングへと続く大階段を降りていく。
「5分で行くって言ったくせに、7分かかってんぞ!」
僕の足が階段の下に着いた瞬間、タケシがすぐさま噛みついてきた。
「うるさいぞバカタケシ!」
間髪いれず、結衣の岩のようなげんこつがあいつの頭に振り下ろされた。
「痛っ! 分かった、分かったから!」
頭を押さえて悶絶するタケシを無視して、あいつは僕たちの方を振り向いた。
「よし、みんないるな? 出発できるか?」
「ああ、バッチリだ」
しろが靴ひもを結び直しながら答えた。
「ちなみに、今回の旅行には清美も一緒に行くから」
「え? 清美って誰だ?」
聞き覚えのない名前に僕が首を傾げると、結衣が隣に立つスタイリッシュな服を着た女の子を指さした。
「この子だよ。森山清美さん。しろの専属メイドさんなんだって。元々はおじいさんが長年しろに仕えてたんだけど、高齢で引退したから、お孫さんの清美さんが跡を継いだらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
僕は小さく呟いた。
「車が外で待ってる。そろそろ行こうか」
しろが旅行バッグを持ち上げながら言った。
「新幹線のチケットはもう買ってあるんだ。正直……楽しみな反面、ちょっと緊張してるよ。一般の人と一緒に新幹線に乗るなんて初めてだからね」
本気でソワソワしている様子のしろを見て、タケシがニヤリと笑う。
「はいはい、お坊っちゃまの悩みは大変ですねー。ほら、行くぞ!」
その宣言を合図に、僕たちは大邸宅の重厚な玄関を後にした。車道には、ぴかぴかに磨き上げられた二台のロールスロイスが待機していた。僕たちを駅まで送るための車だ。……ただの電車に乗るために、数千万円クラスの超高級車で駅に向かうなんて、どこか奇妙で現実感がなかった。
一台目のロールスロイスには僕とタケシ、しろの三人、そしてボディーガードが一人の乗り込んだ。二台目には結衣と清美、そしてボディーガードが二人。セレブの移動に護衛がゾロゾロついてくることくらい、今の僕にはもう驚くようなことではなかった。




