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後宮の大華ー蟻は死せる花に忠を捧ぐー  作者: 幻燈 カガリ


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9/12

第 玖 話 「 白雪を踏む 」





 灰色しかなかった世界に色を与えたのは、私を売ったあの男だった。



 煌びやかに着飾る女ども。

 弱さを隠すように塗りたくる白粉と赤い紅。

 下賤の血の匂いを気付かれないように、強い香を焚く。


 その中に私がいた。


 欲にまみれた男の瞳が私へと向けられる。口の端を上げれば男は悦ぶ。馬鹿な男どもは顔を綻ばせ、金を落とす。



白雪ハクセツ、お前が欲しい」


「この世で一番のお前が」


「俺の全てをお前に渡そう」



 気が狂ったかのように紡がれる言葉。

 閨での言葉など、本心ではないとこの私が知らぬわけがない。



 熱に浮かされた虚言などで、私の胸を響かせることは出来るわけがないというのに。



「とても、嬉しいですわ」


 そう声を吐き、男の胸に縋りつく。男など皆、一緒……それだけで、男は満足気な顔を見せる。可笑しい、まさに滑稽。


 汚い指が私へと伸びる。私に触れた場所が灰色に見え始めた。


 こんなに色鮮やかな絹を纏っても、私の芯はあの頃と一緒。


 明日など、信じられない。



 障子から外が見えた。あの日と同じ雪が降っている。私の心を覆うことは出来ても、満たすことは出来ない。私は寝台に沈んだ。









「……つまらぬ、人生ね」


 力の入らぬ身体。気力などない。

 開いた窓から外を眺める。賑やかな声が遠くで聞こえた。


「どうした?」


 男は眉を上げ、私の顔を覗き込む。


「いえ、なんでもありません」


 私の前で紫煙を吐くのは、私に新しい人生みちを与えた男。


「お前の、──白雪のおかげで、俺はこうやって旨い酒にありつける」


 そう軽く笑いながら、男は酒を食む。私は空いた酒盃に酒を注ぐ。


「それは、良かったですね」


 私はつまらなそうに言葉を吐いた。




 ドン、ドン、ドン!!



 妓楼が慌ただしい。

 こんな太陽が真上にいる時間に何があったのか。


 私は顔を扉へと向ける。

 なぜだか、胸が騒ぐ。


 疼く身体を抑え込むように腕に爪を立てた。








「お前がこの世で一番美しいと叫ばれる妓女か?」



 そう重い言葉を発した男はこの世で最も尊き龍である、皇帝だった。


 欲しいものを手に入れる為に、人となり皇帝なったと言われた男。その傲慢の龍が私を見ている。


 その事実に私の心が踊った。

 絹が小刻みに揺れ出す。


 私と皇帝の前に強い色が過ぎった。床に膝をつけ、必死な顔で龍に目を剥く。


「───陛下!!なぜあの小娘より私をお選び……」


 白刃が煌めく。


 龍は剣を抜いた。眉ひとつ動かさず、しゃしゃり出てた妓女をその鋭い切先で胸を突き刺した。



 場に広がる血の香り。

 芯を失った身体から熱が消え、そこに倒れていく。


 あの日、野犬が骸を貪った光景が重なる。


 だが、それは違う。

 この者は死を待つのではなく、奪う者。

 欲しいものを手に入れる為に全てを壊し、欲を満たす為だけに軋轢を屠る者。


 胸に色が宿った。


「───フッ、お前。ここで笑うのか?」


 龍の唇が歪む。鮮血のついた指が私へと伸びた。

 私はその手を迎える。


 胸の高鳴りが止まらない。

 私はこの龍の隣に立てる存在だという事実に身体が熱を上げる。


 血だらけの冷たい龍の爪を私は受け入れた。








「俺を選べ。皇帝はお前自身を選んだわけじゃない」


「お前の美しさを見ただけだ」


 私は嗤った。

 烏滸がましい。


 そんな戯れ事など耳に入らない。


 お前が売ったのだ。

 この国の一番になれと。

 この国一の華になれと。


 そう言い続けた男はそこにはいなかった。



 さよなら。


 私に名をつけたお方。


 さよなら。


 私を愛したお方。


 私は貴方の望みを叶える。


 いや、私が選んだの。


 私がこの国一番の華になると。







「女、名は何だ」


 龍はそう尋ねた。低い覇王の声。

 私は臆せずに華を咲かせた。



「陛下。私は名を棄てました」


「……なに?」


「ですから、陛下。私に、」


 目を伏せる。風が吹く。

 重苦しい雲が流れ出し、陽が差した。


「───名を、お授けください」


 細めた瞳に欲を添えて。



 今世の大華と呼ばれたのは、


紛れもなく……



 白雪、


─────いや、白瑛だった。




お読み頂きありがとうございます。

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次回もお楽しみに♡

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