第 捌 話 「 後宮の主 」
「白瑛様、どう致しますか?」
前へと進み出た女官は手を合わせた。
頭を下げ、白瑛へと忠言する。
その声で、今から何が行われるのか理解した。
この蟻のような頭でも。
「これが、あの大華が目を掛けていたと?」
言葉では把握したように言うが白瑛は私を見ようとはしない。
「はい、そうでございます。白瑛様」
白瑛の傍に控えている女官が口を動かした。淡々と温度を感じられない声。私を取り囲むように並んでいる女官。その者たちが注ぐ瞳は、白瑛と同じ。私のことを人とは思っていなかった。
「こんな畜生を、か」
鼻にかけた声。
何が面白いのか、白瑛の肩は揺れた。
「わらわには分からぬな。こんな醜い者に気をかけるなんて、」
声に嘲笑が混ざる。私を使い乱華を蔑んでいるとすぐに把握した。
「やはり異国の血の者は、───頭が浅はかなようね」
許せなかった。私のことならどうと言えばいい。何も知らぬのに、乱華さまのことを悪く言うことがこの上なく耐えられない。
床に接した指先が白へと変わる。小刻みに震え出す。床に突っ伏した身体を上げる。奥歯を噛み締め、白瑛を睨む。
「……ない」
私の言葉が溢れた。激情が入り交じる。感情が抑えられるわけがない。あの方を侮辱されたのだ。私は我慢など出来る利口なモノではない。蟻も女王蟻を守るためなら噛みつくことを選ぶ。
それは私にとっても同じ。何度繰り返しても、殺されることになってもこの選択をするだろう。
「───乱華さまを、侮辱するな!!」
掠れた声に白瑛の片眉が跳ねる。不愉快だといわんばかりの顔を見せた。
「お前、白瑛様になんという口をきく!」
背中に強い衝撃が走った。床へと押付けられ、肺が押し潰される。苦しい。
手を前へと出す。私の爪は床を、掻く。少しでもあの女に喰らいつこうともがいた。
それ許さぬ女官は私の指先を容赦なく己の足で潰した。硬い靴が肉に食い込むのを骨で感じ取る。
虫を屠るかのように。
痛みなど、あの方を失った胸の痛みに感じればこんなもの無に等しい。
苦しみを、痛みを怒りに変え、私はあの女を見上げる。
「なんて子なの!?」
私を潰す女官の足が弛む。私は隙を見逃さない。腕を立て、床を這いずる。あの女へと近付くために。
そこに足音が加わった。
軽くはない音。この音に私は聞き覚えがある。
だが、わたしは目の前にいる者から目を離さない。
乱華さまを侮辱したあの女を。
「────なんの騒ぎだ」
轟くような低い声。空気が重く、身体にのしかかる。蟻にとっては同じ空気を吸うことはままならない。
この世の全てを手に入れ、鳥籠に唯一入ることを許された男子。
「陛、下……」
零れた吐息。
顔を隠していた扇が剥がされ、妖魔の瞳が激しく揺れている。白瑛はその場から立ち上がることも出来ない。
突き進む皇帝は私を一瞥するが、眉ひとつ動くことはなかった。皇帝の視線は白瑛へと流れる。
皇帝のまとう赤い衣が目についた。
あの方を、偲んでいるというのか。
「何をしていたのだ、白瑛」
ガタ。
白瑛の肩が跳ね上がった。
絹衣が小刻みに震えている。
顔色が更に悪くなり、視線が下を向く。
「……穢らわしい」
皇帝の顔は歪む。
先程、私に白瑛が向けた瞳と同じ。
その蔑む瞳が白瑛へと注がれる。
「地に、堕ちたな。白瑛よ」
その声は酷く、冷たかった。
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