第 漆 話 「 白き妖魔 」
紅く燃えるような花と白い清廉な花。
乱華さまは朝露に濡れたふたつの花を眺めていた。
どこか寂しげで儚く見えた乱華さまの横顔。私は乱華さまが、煙のように消えてしまうのではないかと思った。
「……乱華、さま」
気が付けば勝手に私の口が動く。
乱華さまをこの世に結びつけるかのように。
「……ああ、阿梨か」
乱華さまはそう言葉を呟くと、凛とした顔を私に見せる。
「仕事が、終わったのか?」
私の手元を見て乱華さまがそう仰った。乱華さまに気にかけて貰えたことがこの上なく嬉しくて、キツかった仕事など忘れて顔が綻んでいく。
「先ほど、終わらせてきました」
私は乱華さまのお傍へと侍る。隣へと立つ私を乱華さまは咎めない。
「そうか」
「乱華さま、こちらの花はなんですか?」
乱華さまが見ていた花が知りたくて私は尋ねた。何も知らない無垢な蟻は知恵を求める。その相手が蟻にとって本来は手の届かない尊き者なのに。
「牡丹だ」
「ぼ、たん?」
私は聞いた言葉を反芻する。美しい花だった。
紅い牡丹はまるで乱華さまのよう。後宮に咲いた大華であるこの方そのもの。
「まるで、乱華さまみたいですね」
私はそう乱華さまに笑いかけた。乱華さまは、私にその言葉に目を丸くする。だが、その顔はすぐに影が差す。乱華さまは白い指先を牡丹へと伸ばした。
「……花は、枯れたら終わり」
乱華さまは小さく囁いた。その顔は今でも私の記憶に強く残っている。
静寂が私たちを包む。
音は無く、まるで私たちしかこの世界にいないかのような感覚に陥る。
いや、乱華さまのお姿に魅入られていたのかもしれない。
「阿梨。毎日、私のために良く働いてくれて感謝する」
静寂を解いた乱華さまのお声。
大勢いる蟻一匹のために、乱華さまは礼を述べる。それがどれほど異質で、どれほど光栄のことなのか、あの時の私は全くといって気づいてはいなかった。
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開かれた扉。そこから漂う、鼻が曲がるほど炊かれた香。私は思わず、顔を顰めた。
「───白瑛様、かのものを連れて参りました」
女官は頭を下げる。
強気に引かれた紅。蒼白い肌にあの紅は不釣り合いのように見えた。
「何をしているのっ!早く頭を垂れよっ!!」
視界が落ちる。いや、身体が落ちていく。
受け身が取れない私の身体はそのまま硬い床へと叩きつけられた。
衝撃で息が止まる。
「うっ……」
鈍い音が身体から鳴った。
這いつくばる蟻は天を仰ぐ。
そこにいたのは、白き衣をまとった天女。
───ではなく、天女の皮を被った妖魔だった。
人を見る目ではない。虫けらを見るような目で私を見下す。
優雅に仰ぐ扇から覗かれた瞳は、古き思い出を呼び起こした。自分が何者なのかを知らしめられる。
「わらわを拝むなど、畜生などに許してはおらぬわ」
そう、冷たく吐き棄てられた。
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