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後宮の大華ー蟻は死せる花に忠を捧ぐー  作者: 幻燈 カガリ


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6/12

第 陸 話 「 白丹宮からの使者 」





 曇天が広がる。

 薄暗い宮殿。大華が消えたというのに、この後宮はいつもと変わらない。


 私は乱華さま付きの下女から、炊事場へと移動させられた。洗っても洗っても減ることのない食器。治ったはずのあかぎれがまた顔を出す。


「聞いた?白瑛様のこと」


「何の話?」


「美鈴様のこと傷つけたらしいの」


「え?どうして……」


「さあ?乱華様が亡くなったと聞いて、取り乱されたらしいの」


 ちゃぷん。

 私の手が止まった。


「乱華様と白瑛様って、仲良かったかしら?」


 先輩下女たちは、掴んで食材から指先を離した。


「元大華の白瑛様が現大華であった乱華様を好むわけないじゃない」


 向かい合うおふたりは、どんどん話を繰り広げていかれる。じわじわと締め上げる胸の痛みが治まらない。

 吐かれた言葉はもう、乱華さまが過去になっていた。



「阿梨?」


 宙に投げられた私を呼ぶ声。私は呼ばれた者へと顔を向ける。


「また、あの方を想っていたのね」


 目を伏せ、溜め息とともに呟かれた。

 洗った食器から水気を切りながら、また口を開くのは下女仲間の江蓮コウレン


 私より歳上らしいが実際の年齢は分からない。私たちは孤児だ。たまたま、運が良くて後宮の働き蟻になっただけ。


「…………」


「口を利かなくて、もう何日が過ぎたのかしら」


 私を心配そうに見つめる江蓮。すぐ隣にいる甘寧カンネイも同様に私の顔を覗き込む。


「ご飯も食べないんだよ阿梨。頬も痩けてきて、私……なんだか見ていられない」


 そう話す言葉さえも、私の胸には響かない。


 でも、あの方のために忠を捧げると決めた。私の命かけても無念を果たしてみせる。


 枯れた唇を動かす。

 久しぶりに声を発しようとするが上手く言葉が出ない。

 出てきたのは曇天に溶け入る掠れた声。


「……ね、ぇ」


 ふたりの作業の手が止まる。驚いた顔を見せる江蓮を眺めながら、私は言葉を取り戻そうと口を動かした。


「白瑛、様のことを……知っていることを教え、て」



 ふたりはしばらく、何も話そうとはしない。早く教えて欲しいというのに。私は手にある食器に爪を立てると、耳障りな音が鳴る。


 目の前にいる江蓮の短い睫毛がぴくっと跳ねた。



「驚いた。阿梨が、乱華様以外のお妃様が気になるなんてね……」


「うん。そう。阿梨から他のお妃様の名前を聞くことになるとは思わなかった」


 ふたりして顔を見合わせる。

 私はその様子を黙って見つめていた。


「…………」


「乱華様もきっと喜んでるよ!阿梨が前を向いたって」


「………………」


「ええ。私も、そう───」


「───さい」


 私は口に出しそうになった。思わず、視線を下に落とし、唇を固く閉じる。失態を犯さぬように。


「なに、阿梨?」


 隣にいる甘寧が、問いかける。だけど、私は首を横に振るだけ。


「……ううん。何でもない。だから、早く」


 急かす心が、私の口を突き動かした。


「白瑛様のことを教えてよ!」


 炊事場に響いた私の声。噂話で盛り上がっていた先輩下女も口を閉ざし私へと視線を移し、目を丸くする。

 掴もうとしていた野菜が手から滑り落ちた。


「ど、どうしたの……いきなり声をあげて」


「芋が?!──もう、驚いたじゃない!」


 野菜が地に転がる。

 そして、その芋はある者の前へで止まった。


 皆が一斉に立ち上がり、汚れた衣を整え頭を下げる中、私は一歩遅れて、礼をとった。


「この中に、阿梨という下女はいるか?」


 色味の強い衣。それは下女が袖を通せる物ではない。私より位の高いのは明白だった。

 見知らぬ女官。玄華宮にいた女官ではないのは明らか。


「聞こえぬのか?」


 しゃんとした声が落ちた。

 周りにいる者たちが騒ぎ始め、目の端に映り込んでくる。


 私は意味も把握出来ぬまま、前に一歩進み出た。何者かという顔を見せた女官へと、深く頭を下げる。



「私が阿梨です。女官様」


 声がなかなか降らない。

 女官は私を一瞥すると、納得のいかない顔を浮かべる。そして、女官は温度もない声を放った。



「付いてきなさい」


 それだけ述べると、女官は裾を翻した。衣に染みついた香は嗅ぎなれない匂い。匂いを辿るように私はその跡をついて行く。


 その時にある者の声が風に乗り耳に届いた。


「あの方は──白丹宮、の」


 私の口端が、無意識につり上がる。

 穴の空いた胸が躍るのを感じた。



 ああ、これは乱華さまの……

 思し召しなのですね。



 逸る気持ちを抑えて、私は足を動かした。


お読み頂きありがとうございます。

ブクマや評価頂けると嬉しいです!

次回もお楽しみに♡

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